admin⇒

うるとらばいおれっと

≫2010年08月

 | ~home~ | 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旅に出た! 最終日

 コメントありがとうございます。
 旅は楽しかったですよ。一人旅は初めてですが、一期一会に小さな冒険の積み重ね。普段は見向きもしない曲がり角を通ってみようか、といった小さな冒険ですが、思いもしなかった風景が目の前に広がったり、または恐ろしい目にあったりします。
 
 さて、最終日です。
 8月28日。

 地獄のようだった昨日を思い出し、辟易すると思いきや、なぜか名残惜しさが胸に渦巻く最終日の朝。
 あんなに大変な思いをしたのに、なんだかまだ帰りたくない!
 
 さて、この朝はとても不思議だった。不思議な体験をしたわけではないが、不思議な感覚を味わったことは間違いない。
 
 午前の八時半。朝食の時間である。台所にいた女将に「食事お願いします」と声をかけてから、食事の用意された部屋に向かう。広い和室に一人腰掛ける。昨日の中学生か、高校生くらいの女の子が配膳の支度をしてくれる。
 次に味噌汁を女将さんが持ってきた。
 今日も暑くなりそうですねーと、強烈な朝日が差す大きな窓を開けてくれる。風が入ってくる。同時に虫や小鳥の音も明確になる。

 朝食をとりながら、三十分ぐらい女将さんと閑談する。
 この旅館の主は、神社の宮司さんらしい。詳しくは聞かなかったが、予約すれば滝行なども体験できるという。
 まばゆい朝日が差し込む明るい部屋、そして静寂。あいまって言い表しがたい不思議な感覚。現世ではないような光に満ち溢れた空間が奇妙な感覚にいざなうのだろう。
 この旅館のお客さんは不思議な人が多いらしい。会話の冒頭はそんな話。
 いわゆるスピリチュアルなお客さんが多いそうだ。宮司(昔でいう神主)さんという職業柄だろう。
 スピリチュアルとは、きっとテレビとかでおなじみかもしれないが、人の先祖が分かってしまったり、病気が分かってしまったり、悩みが分かってしまったり、幽霊を見ることの出来る人たちのことだ。
 
 女将さんに 霊感ありますか? などと訊かれて、ぶるぶると首を横に振る。実は高校生くらいまでに結構幽霊を見たことがある。金縛りや心霊体験なども結構ある。案外不思議なものを見る体質だと思うが、見るからこそ、幽霊というものを信じない人間になった。

 初日のホテルで撮った心霊写真を覚えているでしょうか。あれも、間違えれば本物の顔だと信じ込み、幽霊を見た! と堂々と公言してしまう危険がある。だけど、よく見れば違うことが分かる。
 そう見える、見間違い、錯覚。そういうものだろう。熱に浮かされて奇妙な体験をするのと同じ。

----------------------------
(以下、独断と偏見にてスピリチュアルをぶった斬ってます。不愉快な思いをされる方もいると思うので、スピリチュアルな人は読み飛ばしてください)
----------------------------
 
 それに、一時期であるが、知り合った人みんなに「君はこういうとき、こういうことをするね」とか「こういうことに悩んでいるね」とか指摘して「何で分かるの!?」と驚かせることが楽しくて仕方なかった時期がある。最後にはネタばらしして安心させるのだけれども、あれをネタばれしないまま続けていたら、きっと指摘されたほうは「超能力」と感じたままだったかもしれない。
 いまはやってないけど、コツがあるのは確か。江原もオーラの泉が始まったころはやってた。(いまやれって言われても、もう出来ないだろうけど)
 自分が選択したつもりでいても、その答えに誘導されていることに気づかない。
 最後にいつも「占い師や、スピリチュアルはこういうことなんだよ」とネタを教えてあげる。超能力でもなんでもないんだって。ただのテクニック。手品や催眠術みたいなもの。
 
 スピリチュアルなお客さんが多いとのことで、女将さんはそんなお客さんの話を聞くのが好きらしい。
 でも、話を聞く限りにおいては江原に影響を受けてその気になってると、手に取るようにわかるような話を、女将にしているようだ。何度も聞こえてきたのは「役目」というキーワード。江原の好きなキーワードだ。自分はスピリチュアルな世界を人々に知らせる役目がある。人を助ける役目がある。などという話である。一見、高尚な感じがしないでもないが、そう口にすることで、悦に入って喜んでるだけの戯言に聞こえてしまう。
 結局は自分の言葉を持たないと駄目だよ。それじゃただのミーハー。たとえ本物のスピリチュアルな人であろうと、やっぱり江原コピーに思えてしまう。少なくとも「役目」の二文字は使っちゃ駄目だね。真っ先に江原がばーんと思い浮かんじゃうし。
 ファッションリーダと同じファッションをしてしまう女子高生と同じ心理状態っぽい。
 
 宗教とは道徳。そんな風に感じるのだけれども、彼らにとってはよりリアリティのある現物っぽい。漠然とこんな感じー、っていう世界を、必死に形あるものとして捉え、人に伝えて信じさせることで現実にしようと試みている。

 ある意味で柔軟性の無い考えに思えるが、そう頭の固い人々ではない。スピリチュアルな人々は非常に話術に長けている。人と話すとき、決して非の打ち所の無い理詰めの説得を試みたりはしない。理論の破綻をあらかじめ用意し、相手がそれを指摘できるように隙を作って会話する。でも、それは語り手の意図する方向へ相手の心理を誘導する、いわゆる誘導尋問ってやつだけどね。
 
 まあ宗教の話だから深堀はしないでおこう。
 ただ、神道においては八百万の神といわれるように、全てのものには神が宿るという考え方がある。それはすなわち、神とは万物の自然、自然とは生物の母。そして、環境破壊という言葉でお馴染みの自然の陵辱行為は神への反逆に等しく、人類はそのしっぺ返し(バチ)を食らおうとしている。
 自然を「神」として捉え、神に感謝し、恵みに感謝することは人間にとって必要な道徳心に思える。全てのものに神が宿るとすれば、ものを大切にするだろうしね。
 歴史的に政治、戦争に利用されてきた神道だけれども、仏教などの坊主の丸儲け状態に比べればつつましく健やかな宗教に感じる。(←ものすごい独断と偏見で書いてます。仏教を真剣に学んでいる人だっています。愚か者の戯言だと思って見逃してください…)

 それとね。絵馬や短冊に願い事を書く。みんなやったことがあるだろうけど、勝利、合格などの願いは、逆説的に敗者、不合格者を出してくれと神に祈っているに等しく、すなわりそれは呪いとなる。そんなこと、神社でお願いしちゃだめだよ。
 自然たる「神様」には、平穏無事を感謝し、清らかに、そして健やかにすごせてきたことを神様に報告するためにある。
 
 そして、こんな話をした。
 ――先祖を大事にしているか。
 
 また重たいテーマだけど、女将が聞いたスピリチュアルな人たちが言うには「先祖を大事にするということは、墓参りしたり、仏前、神棚に手を合わせることではない。なにより自分が今生きていることに感謝することだよ」とのこと。先祖から受け継いできた自分の命を大事にすることが、先祖を大事にすることにつながるのだそう。
 
 まったく、きれいごとも甚だしい。いやだね、こんな話。
 墓参りしたり、仏前、神棚に手を合わせることではない、という部分は共感。それ以外はどっかで訊いたことのあるきれいごとにしか聞こえない。

 個人的な考えはあるけど、ここでは伏せておく。
 だけど「自分の命を大事にすること」という言葉は、もちろん大事な言葉だけれども、ちょっと多様的すぎて卑怯な言葉だから嫌い。反論されても言い返す用意が出来てる言葉だね。

 御嶽神社で一度も参拝しなかった奴がする話じゃないな。。。

 重たい話をしてしまったけど、女将さんの話を聞いて結論に至る。スピリチュアルな人間であることを公言する人たちの99%は、おそらくイカサマだろう。だって会話に占い師や詐欺師でお馴染みのテクニックを使うんだもん。自分が特別だと思いたい悲しい人たちに見える。
 でも、百人に一人は本物がいてほしい。これは希望的観測。それに、いるんじゃないかと思ってる。人の感情を感じることに優れた繊細な人もいるし、相手の心理を読む達人もいる。達人を越えた存在になれば、想像もつかない感覚で、スピリチュアルな世界を実際に見ている人がいてもおかしくないと思う。思いたい。幽霊が実在してほしいなー。それから本物のスピリチュアルな人に会いたいなー。スピリチュアルで人を依存的にさせるんじゃなくて、本当に救える人に。
 
 
 ……あれ……今回のテーマは一人旅の最終日じゃなかったか……


----------------------------
(以下、テーマを戻します)
----------------------------
 
 脱線しましたが。
 不思議な朝を過ごして、決心したところからはじめよう。
 
 まだ帰らない!
 パワースポットのロックガーデンまで行ってやる!
 せっかくの最終日。心残りを作りたくない。
 
 朝食を終えて、部屋に戻るなら鼻息を荒くして身支度をする。
 女将さんに荷物を預かってもらえるかと相談したら、快諾してくれた。荷物を置いて身軽になって、いざロックガーデンへ。
 
 往復で二時間程度だという話。
 
 昨日も登った神社の階段を登り、中腹辺りにある森の小径を進む。直進すると、昨日にスズメバチの巣があるという見晴台の前を通る。通り過ぎて進むとロックガーデンへの道。
 
 ここまではいい。一度は通った道だし、歩調は軽快。

 100828_1026~03


 ルートは以下の通り。
「御嶽神社」→「見晴台」→「天狗の腰掛け杉」→「綾広の滝」→「ロックガーデン」→「天狗岩」→「見晴台」→「御嶽神社」にもどる、だったかな。
 たぶん、四、五キロ位のコース。
「天狗の腰掛け杉」まではすぐにたどり着く。
 
 100828_1008~01 100828_1008~03

 
 ロックガーデンにしか興味は無いので、ほぼスルー状態で先に進む。まだ道はそれほど厳しくない。
 なんか、後ろから歩調を合わせて後を付いてくる中年男がいた。変なやつ。写真撮影をする振りをして先に行かせる。
 
 山道を行く。次の「綾広の滝」が遠い。なかなかたどり着かない。旅館で貰った地図付きパンフレットを広げる。確かに距離はある。
 七代の滝というのがあって、旅館の女将に、そこだけは絶対に行っては駄目だと言われていた。梯子を昇り降りする必要があったり、道も険しく、初旅行者が行くと二度と来なくなるという難所らしい。
 まあ、ロックガーデンが見れればいいので湧き上がってきそうな冒険心は抑えておく。実際、七代の滝は行かなかった。
 しかし、この消極的な行動が、この日も地獄を呼び起こすのであった。
 
 
 ところどころに標識がある。
 この先「七代の滝」という標識を避けて進む。
 そろそろ見えてくるはずの「綾広の滝」は一向に見えてこない。
 道は今まで見てきたような山道なので写真は割愛する。
 進む。進む。
 いくらなんでもおかしい。これだけ歩いて「綾広の滝」が見えてこないのは。
 すると、次第に傾斜の厳しくなる山道。
 道は木の根がはびこり、砂利が多くなってくる。加えて急な傾斜。足を滑らせることが多くなり、足首をグネること数回。よく捻挫しなかったものだと思う。
 片側が急勾配な崖。落ちたらひとたまりもない。足場も悪い。旅館の女将さんの話では、こんな急勾配な難所は無いといっていたはず。

 100828_1029~03


 再び悪夢が蘇った。
 一歩一歩が超しんどい。呼吸が乱れ、心臓が破裂しそうなほどに苦しい。途中途中休憩するが、時々、ご老人の男女が追い抜いていく。なんて体力だ。
 お年よりは社会的弱者? 席を譲れ? とんでもない! この山にいるご老人たちは超人ばかりである。
 どこまで行けば滝があるんだ。途方も無い上り坂をひたすら登る。傾斜が厳しすぎて、手を使わないと登れない場所もある。
 おかしい。絶対におかしい。
 滝のように流れる汗。
 あ、しまった!
 気づいたときには遅い。今日も水分を所持していないのであった。
 のどはからから。
 このままでは遭難する!
 近くのお年寄りに助けを求めるなんてことは、この年齢であってはならない! くそ! 若さで乗り切れ!

 その急勾配は四十分ほど続き、出発から実に一時間半が立っていた。10時に出発して、荷物を置いてきた旅館にはお昼までには戻るといっていたのに、約束の12時にはあと二十分程度しかない。
 その崖に等しい坂の終点はちょっとした開けた空間があって、杉の木が周囲に規則正しく連立する美しい場所だった。
 ところが写真を撮ることも忘れて、思わず地面にへたり込んだ。心臓のバグバグ具合と、乱れる呼吸、そしてぽたぽたと地面に滴る汗の量が尋常じゃない。
 パンフレットの地図を広げる。なんだこの簡略地図は。細かい目印などどこにも書いていない。汗でパンフレットもよれよれである。
 綾広の滝はいったいどこなんだ。
 それになにより、ここはどこなんだ!?
 その時、若いお姉さん集団が前を通っていく。道を聞こうか迷ったが、そんな格好悪いことは出来ない! しかし、若いお姉さんたちはそこ場で立ち止まると「風が気持ちいいねー」なんてのんきに休憩してる。
 頼むから早く行って……。
 出来るだけ、迷っているなんて気配を見せないように「休憩してるんですよー」という雰囲気をかもし出して若いお姉さんたちをやり過ごす。
 次に誰かやってきたら道を聞こうと思い、しばらくその場で待機する。
 しかし、またこんなことになるとは……。ここまで一時間四十分の道のり。ということは、帰りも同じだけかかると計算すると……。
 ため息が漏れる。
 五分ほどして、年のころ五十歳くらいの夫婦が登ってきた。すかさず声をかけて道を尋ねる。
 ここはどこなんですかねーなんて訪ねると
 大岳山だよ。
 との回答。
 はて、大岳山?
 パンフレットを眺めるが「大岳山」の文字は見当たらない。御嶽山にいたはずが、別の山に突入していた?
 あの……綾広の滝に行きたかったんですけど……と恐る恐るたずねると、おじ様は、はっはっはと笑って「ぜんぜん違う方向だよ」と残酷な一言。
 パンフレットの地図の範囲外に飛び出して、違う山を登っていたらしい。しかも結構奥深くまで。
 だって仕方が無いじゃないか! 途中に標識が無いんだから!
 来た道を戻るのが一番早いというので、死にそうになって登ってきた急勾配の坂を、すぐさま下る羽目に。
 何のために登ってきたのか……。
 ロックガーデンに行きたいだけなのに……。
 このままロックガーデンに行くつくことなく、帰ることになってしまうのか。
 
 
 
 登ってくるのは死ぬ思いだったが、下りは結構軽快だった。飛んだり跳ねたりしてアスレチック気分で軽快に坂を下る。何度かすっころげそうになったが、一度も転倒しなかったことについては、自分の運動能力をほめてあげたい。
 何度もグネった足首も痛いし、ロックガーデンは諦めるか。
 やってくるときに見かけたあずま屋の前を通ったとき、ふと標識が目に入った。この標識は来るときもちゃんと確認している。よく見ると標識があさっての方向を向いている。
 この先に道がある? よく見ると小さな清流沿いに道らしきものが。
 でもその標識にはこう書かれている。
「この先、七代の滝・岩石園」
 七代の滝は行くなといわれた場所。だから避けて通り過ぎたのだ。
 行きたいのはロックガーデンである。
 ん? いや、まてよ。
 岩石園?
 岩石園……英語でロックガーデン。

 こらぁ

 英語で書きやがれ……

 標識をけり倒したい気分。
 そういえば、ロックガーデンの先には分かれ道があり、片側は帰る道。そして行ってはいけない七代の滝は、もう一方にあるのである。
 ばかやろー!
 叫びたかった。誰もいなかったのに叫ばなかったのは小心者の悲しき性。
 どうしようか。
 疲労困憊だが、ここまできてロックガーデンを諦めるわけにも行かず、時間はあまり無かったが、ロックガーデンに行くことにした。
 標識の通り進むと、綾広の滝にはすぐにたどり着いた。
 
 100828_1138~01

 
 写真は人がいないように見えるが、さすが土曜日。滝の周りに人がわんさかいました。
 滝には興味なし。
 写真だけとって先に進む。
 綾広の滝から先は、すでにロックガーデンだった。
 ――感動した。
 お勧めされる理由は、見れば明らか。

 100828_1149~01


 なんて荘厳な景色だろうか。
 いくつもの岩が取り囲み、渓谷を形成している。清流が所々で小さな滝を作り、岩の間を流れていく。
 両脇は岩に挟まれ、さらに天蓋のように木々がアーチ作っている。天然のトンネルのようだ。
 空を見上げると、太陽をすかした新緑がまばゆく輝いている。
 
 100828_1150~05 100828_1150~04


 
 すげー。
 これが噂のパワースポット。
 ひどく苦労したけど、そんなの吹き飛ぶ美しさ。
 立ち止まっては何枚も写真を撮った。
 
 100828_1150~02

 
 結構距離がある。
 ここはほんとにイイ!
 苔むす石。
 冷たい清流。
 せせらぎの音。
 ああ、離れたくない。
 でも、時間は迫っている。
 写真からは、ここの美しさは決して伝わらない。
 
 100828_1149~03


 この時間が無い中でのロックガーデン観光が、逆にこの場所を尊いものとして印象付けた。
 心が初恋のようにときめき、とらわれ、躍動する気持ち。
 名残惜しいけど、やがてロックガーデンが終わり、天狗岩までやってくる。天狗岩の上には天狗の置物があるというが、興味ないのでスルー。写真も撮ってない。ロックガーデン一途。一筋。それ以外にはあんまり興味ない。

 今度こそ迷わないように、御嶽神社へ帰る道を慎重に進む。ここで間違えたら行ってはいけない「七代の滝」へ直行だからね。きっとこれを読んでる人は、さらに迷って「七代の滝」に行っちゃうのを期待してるかもしれないけど、そうは行くものか。
 ちゃんと迷わず御嶽神社に戻りました。
 そして、戻ったのは一時近く。実に三時間も冒険してしまった。足腰はガクガク。こりゃ、しばらく起き上がれない。
 旅館に戻ると、大学生たちが玄関先に群がっていた。彼らも山登りをしていたらしい。昨日は怒ってごめんね。心の中で謝りながら、女将さんにお礼を言って荷物を受け取る。
 さて、いよいよ帰りである。
 
 心残りが後もうひとつある。
 お土産屋さんの美しき若女将さん。
 最後に挨拶せねばとお土産屋さんに向かうと、素敵な笑顔で迎えてくれました。本当にお世話になりました。
 最後に「ひょっとして、作家さんですか?」と尋ねられた。
 何でそう思ったのか尋ねなかったが、いい線いってます。作家じゃないけど、作家志望です。
 とりあえず若女将さんには「ただのサラリーマンです」と答えて、別れの挨拶をして帰路に着く。
 
 とんでもない目にあった御嶽山。心臓が破裂しそうになり、足腰ガクガク、疲労困憊。
 だけど、なんだこの名残惜しさは。
 帰る途中に、すばらしい場所だったと感動に震える。
 こんなに苦しい思いをしたのに、また来たいと思ってる。
 休み明けから現実が待っているが、この旅のおかげでがんばれそうである。
 
 余談ですが、帰り道は当然、山登りを終えたご高齢の方々と一緒になるため、ケーブルカー、バス、電車など一切座れませんでした。若いんだと思って、根性で立ちつづけて家まで帰りました。
 
 
 以上、三泊四日の一人旅は終わりです。
 
 四日間の旅を書きましたが、文章量として原稿用紙にして60枚ほど書いています。長めの短編小説くらいですね。ブログ書きすぎ。小説を書けってんだ。
 
 なお、旅の紹介のブログではなく、あくまで創作系サイトのブログですので、名所の紹介や、泊まった宿の名前などは公表していません。結構文句も書いてるので、かけないって言うのもありますが、おそらく出てきたキーワードでググればどの旅館かはすぐに分かると思います。
 ぜひ、同じ旅館に宿泊し、同じルートで山を登ってみてください。
 そして、ぜひ同じように胸震える感動を共有しましょう。
 
 ではでは。

100828_1026~02
スポンサーサイト

旅に出た! 三日目

 WEB拍手でのコメントありがとうございます。

 それでまた気づいたのですが、コメント欄がまた無効になってる。ちゃんと設定しないと、初期状態では無効らしい。気をつけます。
 あと撮った写真も、実は高画質設定で撮ったものがたくさんあるんですが、どうもアップロードできないらしいです。残念。

 では、問題の三日目です。
 
 
 三日目の8月27日。
 御嶽山の旅館に空きがあり、ラッキーと思って予約する。
 御嶽山はどんなところかまったく知らないが、まあ今日もゆっくり読書でもしようと思ったが、一度も読書できない過酷な一日が待っていた。
 
 まず、前日から宿泊していた旅館を10時にチェックアウトする。次のチェックインはまた15時だから5時間もある。
 散歩して、読書して、大自然の中ゆっくり過ごすことにする。
 御嶽山には御嶽駅からケーブルカー行きのバスが出ており、ケーブルカーにて山を登る。
 その前に渓谷沿いを散歩。
 
 100827_0944~01 100827_0944~02


 
「御嶽駅」→「ケーブルカー」→「御嶽山」の順。山登りをする気はなかったのでケーブルカーに乗るつもりでいたものの、「御嶽駅」→「ケーブルカー」の間は散歩がてら歩こうと思った。距離にして三キロくらい。ジョギングで十キロくらい走っているので、まあたいしたことは無いだろう。

 そう思ったがしかし!

 最初に一キロは緩やかな登り坂。そこまでは良かった。途中から山道に突入し、傾斜15度の上り坂に! 傾斜15度ってピンとこないだろうけど、結構な傾斜なんです。
 息なんかぜいぜい乱れ、心臓が破裂しそうになる。絶え間なく流れ出る汗。足なんて上がらなくなる。
 百メートルほど進んでは、呼吸を整えるために休憩し、疲労に感覚のなくなってくる太ももをマッサージする。
 初めての道。どこがケーブルカー駅のある目的地なのかも分からない。まだか、まだかと思いながら坂を上り続ける。
 息が切れ、太もも、ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げ、強烈な太陽の日差しと高い気温に燻される。喉がからから。なめてたので飲み物なんて買ってない。道中に自動販売機などという気の利いたものもなく、もちろん売店などもない。

 たかが三キロ。とんでもない! 死にそうである。こんな苦しい思いをするためにやってきたのではない!
 気が遠くなりながら地道に登り続けること一時間弱。バス停が見えてきた。バス停を越えればケーブルカー駅である。
 弱った体を叱咤激励するかのような、ケーブルカーの発射ベルが聞こえる。
 やっとついた! 足なんてもうがくがく。
 そのころ、ケーブルカー駅にはバスでやってきた人たちが乗車待ちの列を作っている。この中でここまで歩いてきた愚か者は一人だけ。

 100828_1328~01


 写真は帰りに撮ったもの。便利なもので、SUICA、PASMOがあればケーブルカーに乗れる。それはバスも同様。カード一枚で切符買う手間は全て省けてしまうのが便利。
 やってくるのに必死で、写真を一枚も撮っていないし、景色も楽しむ余裕も無かったが、とりあえずケーブルカーに乗ってほっと一息。ケーブルカーはそれほど大きくないので、ほとんどの人は立ち乗りとなる。
 ケーブルカーで急斜面を登っていくこと6分。御嶽山駅に到着。写真は帰りに撮影したもの。
 
 100828_1318~01 100828_1311~02


 
 ちょっと座りたい。近くのガンガンに冷房の効いた喫茶店で水分を摂りながらほっと一息。やれやれ、えらい目にあった。着ていた服は、滝行をしてきたように汗でびしょびしょ。
 
 15分ぐらい休憩して、とりあえず旅館の近くまで行こう。近くでゆっくり出来るような場所を見つけて、読書にふけろう。そう思った。ちなみにもっていった本は綾辻行人さんの「霧越邸殺人事件」。
 
 駅前から続くアプローチはこんな感じ。
 
 100828_1314~01 100827_1155~01


 
 緩やかな下り坂。舗装された小径。片側には山。片側には高所から眺める広大な山々の風景。
 気温も少しだけ低くなり、森からの冷たい風に癒されながら歩く。良かった。ケーブカー駅まで通ってきた道とは大違い。このまま旅館へ続くのだろう。そんな希望的観測は脆くも打ち破られる。
 ケーブルカー駅までの上り坂などかわいいとすら思えるくらいの急勾配が次々に目の前に現れる。ただでさえ、そぎ落とされた体力。この急勾配の坂を乗り越えなければ、旅館にたどり着くことは出来ないのだ!
 
 100827_1212~01

 
 上記は坂の上からの写真。写真からは良く分からないのが悔しい。もはや坂は壁のように見えるほど傾斜がきつい。再び滝のような汗を掻き、肺が乾燥して萎縮するのではないかと思うほど乱れる呼吸。バクバクの心臓。
 まったく、修行に来たんじゃないんだから!
 ほかにもたくさんご老人の観光客がいるが、結構平気な顔して登っていきやがる。しかもニコニコ会話しながら。その横でぜいぜい息を切らせながら、亡者のように坂を登る。
 また、気の遠くなるような思い。目的地はまだか。まだ続くのかこの坂は。うんざりしながらたどり着いたのは御嶽神社の参道に連なるお土産屋。
 写真を撮り忘れたが、ググればでてきます。
 
 とりあえず水をくれ! と立ち寄ったお土産屋さんで休憩。若女将サンなのか、綺麗なお姉さんとおしゃべり。帰りのお土産はここの店で買うことを決心しながら、とりあえず再出発。
 商店街を抜けると、御嶽神社発見。
 
 100827_1405~02

 
 旅館はどこだ? この先かな? と手水舎で手や口を清めてから階段を登り始める。しかし、見えていたのは神社の入り口に過ぎなかった!
 一体何段あるんだという階段を登る。

 100827_1304~01

 
 まだ登る。息切れ切れ。こんなにきついとは。このままでは熱中症で倒れる!
 
 100827_1307~01

 死ぬ思いでたどり着いた神社の拝殿、本殿。罰当たりなもので、参拝など一切せず。

 100827_1251~01 100827_1303~02

 

 グるりと見回ってからUターン。どこだ、旅館は。

 
 
 まあいいや。チェックインまでにはまだ二時間近くあるから、ゆっくりすごせる日陰を見つけて、読書するぞ。もう体力の限界なんだって。
 神社で読書するわけには行かないので、どこか良い場所はないかと探す。
 神社の階段の中腹あたりに、折れる道を発見。とりあえず行って見ようかと軽い気持ちで、ふらっと進む。
 
 100827_1307~02

 
 なにも調べてこなかった。
 ここがどんなところかなんて一切知らずにやってきた。
 そうだ、仮にも山。
 ここは山道なのだ。
 
 100827_1311~01 100827_1308~01


 
 道があるのか無いのか、急勾配の登ったり降ったりを繰り返す。ただでさえ足腰ガクガク。人も誰もいないし。例によってナメてたので水分などもってきていない。
 
 険しい道を進むと、ふと開けた空間に出た。ああ、来る前に看板で見た見晴台だと気づく。
 入り口には休憩する人がたくさんいた。木造の椅子やテーブルはたくさんあるが、みんな埋まっている。お昼の時間帯だったし、みんな弁当を広げて食事中である。
 座るところも無く、休憩できる場所を求めてふらふら歩くと、急に人がぱったりいなくなる。とても綺麗で開けた野原なのに、人が誰もいない。ちょっとした恐怖を感じながら、進んでいく。
 
 100827_1321~02 100827_1321~01
 

 
 絶景ポイントなのにどうして誰もいないのか。ちょっと前まではたくさん人がいたのに。
 その謎が究明される。
 
 100827_1325~01

 
 なるほど、スズメバチか。
 危険と書かれていれば、行かないわけには行かない。ぜひスズメバチの巣を写真に撮ってやろうと先に進む。
 よくニュースで「遊び心で絶対に近づいてはいけない」と言われているが、そういうのに反逆したくなる心理。あえてタブーを犯すのが流儀。
 だけど、決してまねはしないように。

 やがて見えてくる問題のあずま屋。当然、人はいない。
 ものすごく静か。異世界に迷い込んでしまったような感覚。
 恐る恐る近づく。

 100827_1329~01


 スズメバチの姿は無い。
 あずま屋の周りを調べるが、スズメバチの巣は見つからない。
 どうやら駆除後のようだ。
 
 100827_1328~01 100827_1327~01


 
 しかし!
 ブウン、という羽音が聞こえた。
 気づくと、周囲に数匹のスズメバチが出現した。
 やばい。
 あわてて退散する。
 
 だめだ。落ち着いて読書できる場所なんて無い。
 こうなったら、さっきの美人のお姉さんがいるお土産屋まで戻って、休憩させてもらおう。
 ということで引き返す。足はガクガク。戻るのも一苦労。息はよいよい、帰りは何たら。
 やっとの思いでお土産屋さんまで戻ってくる。
 小一時間くらい、若女将さん? と談笑しながらチェックイン時間を待つ。
 若女将さんが言うには「ロックガーデン」という場所が最大の見所だという。流行のパワースポットらしく、ここまできたら行かないのは損だという。しかし、見て帰ってくるには山道を二時間かけて往復する必要がある。
 もうだめ。そこまでの元気は無い。流行のパワースポットだし、テレビなどで紹介されて結構有名らしいが、もう足が動かない。
 
 チェックインの時間になって、名残惜しかったけど美人若女将に挨拶をしてお土産屋を出る。
 旅館はお土産屋のすぐ裏手にあった。チェックインを済ませる。一家でやってる旅館らしい。入り口に「○○様(当方の名前)」と書かれていたが、もう一方に「埼玉○○大学一行様」と書かれている。いやな予感。大学生たちが大挙して泊まるらしい。
 チェックインすると中学生か、高校生くらいの初々しい女の子が対応してくれる。
 部屋にたどり着き、ほっと一息。
 部屋はこんな感じ。
 
 100827_1518~03

 
 なにより、窓の外から見える風景が最高である。
 
 100827_1519~01

 
 部屋を一瞥すると、なにやら正体不明なドアがある。
 
 100827_1521~03

 
 開くとさらに向こう側に扉が。一体……。
 
 100827_1522~01

 
 さらに開くと、なんだこれ。そのまま森が存在する。別にテラスがあるわけでもなく、森の小径があるわけでもなく、開いた先は森。
 
 100827_1522~02

 
 何のための扉だ。以下は扉の外。
 
 100827_1522~03

 
 扉のことは気にせず、ゆっくりすごそう。
 この部屋は景色もすばらしいが、なにより小鳥たちのさえずりがすばらしい。まるで森の合唱団のように、窓の外からは鳥たちの歌声が聞こえてくる。ウグイスもいたよ。ほーほけきょって。
 ちなみにエアコンは無かったが、窓を開けると十分に涼しい。お風呂に入ってとりあえず夕飯まで読書をしようと思ったが、のんびりとした雰囲気に疲労も重なって一時間ほど熟睡。
 気づくと夕方六時。そろそろ夕飯の時間。
 大学生以外の宿泊者は一人だけらしく、大広間に一全用意された食事。大学生たちは別のところで食事を摂っているらしい。
 食事をする部屋からの景色も良く、のんびりしながら食事する。
 
 食事が終わって七時くらい。部屋に面した旅館正面の庭で、大学生たちが宴会してる。会話と笑い声がずっと聞こえてきて、静寂と森のさえずりの憩いが損なわれたが、まあ、若気の至り。騒ぐのも仕方ないだろう。でも、程々にしてね。
 森に面した静かな夜をすごすはずだったのに、ちょっと残念な思いをしたのは正直なところ。
 
 いやいやちょっと残念どころではなく、宴会は十二時を越えるまで続くのである。旅館の主はどうして放置してるんだろう。
 もう寝たいんだけど。堪忍袋の尾を切らして、十二時半くらい、庭で宴会する大学生たちに乗り込んでいった。
「すみませんが、夜も遅いのでほどほどにしてもらえませんかね」
 と乗り込むと「すみません……ご迷惑でしたか」としおらしい大学生たち。おっと、意外と良い奴らだ。早々に引き上げ準備にかかってる。
 怒ったりしてごめんね。もうちょっと丁寧に言えばよかったね。
 暗くて誰だかわからなかったが、それから三十分ほどして宴会は終わったようだ。
 思えば、おそらく旅館の主もその宴に参加していたような節がある。大学生たちの責任者と結構親しそうだったしね。怒鳴り込んでいったときも、旅館の主もいたかもしれない。だって、翌日、主人がそっけない態度だったもん。
 
 ようやく静かな夜が訪れる。
 深夜一時。
 窓の外からは虫の音。
 かすかな涼風。
 眠りに落ちる。
 
 いろんな意味で、本当に疲れたー!
 
 最終日につづく
 
 

旅に出た! 二日目

 二日目。8月26日。
 いざ御嶽へ!
 立川から青海へいって、青海から乗り換えて御嶽へ。
 でもまだ11時くらい。どうにか空き部屋の見つけた旅館はチェックインが15時だから、まだ四時間もある。
 ということで、御嶽駅から二つ前の軍畑駅で下車。あるいて御岳駅まで向かおう。
 
100826_1147~01

 
 ところが、駅を降りて愕然。
 ものすごい下り坂が!

下り坂


 写真からは良く分からないけど、転んだら下まで止まれそうな急な坂。
 とりあえず歩いていくと、いやー、絶景。新緑の風景。しかも強烈な晴れ。気温は分からないけど、太陽にかんかんに照らされた風景は美しい。
 軍畑の坂を下ると橋がある。渓谷を渡るための橋で、橋から眺める渓谷の風景はやはり絶景。
 
100826_1153~01

 
 ゆっくり歩く。
 しかし、誰もいない。ゴーストタウンなんじゃないかと思うくらい人がいない。だけど、細いとおりには大型トラックが何台も通る。美しい景観に不釣りあいな大量のトラックの縦横はちょっと残念。
 誰もいないなーと思いながら歩いていくと、道の途中に渓谷へ下る小さな階段を発見。なんだろうと思って下っていくと、渓谷の清流沿いを歩けるようなトレッキングコースがある。
 コースの写真も取ったけど、アップロードできないので断念。
 
 清流のせせらぎと虫の音を聞きながら、渓谷を歩く。相変わらず誰もいない。こんな美しい風景を独り占めする高揚感を抱きながら歩いていくと、カヌー乗りのおっさんが、川に向かって立ちションしているのを発見。げんなり。勘弁してくれよ。
 
 さらに歩く。気温は高い。とうぜん汗だく。こんなことなら飲み物を買っておくんだったと後悔しながらも、美しい景観の小径を歩くこと一時間弱。憩いの場のような場所があり、売店もあって人もたくさんいた。久々の人の姿。
 どうやら軍畑からのルートはあまり人が通らないらしい。御嶽から憩いの場までのルートは人がいっぱいいるのだ。
 ちょうど昼時。うどんを食ったが、暑い暑い。何年ぶりだろうか、かき氷を食べると汗も引いた。
 殺人的な日差しが照っているが、日陰に入ると案外涼しい。
 まだまだチェックインまでには時間があるので、美しい渓谷を眺めながら日陰のベンチに腰掛けて二時間ほど読書にふける。ああ、幸せ。大自然、渓谷、日陰、読書。時間がゆっくり流れる。周りの人もぼんやりすることが至極の幸福かのように渓谷を眺め、川のせせらぎを眺めている。
 ただ、三十分ほどしてやってきた中年女性の二人が、大声で知り合いか誰かの悪口、愚痴を大声で話し始める。ここまできてそれはないだろう。早くいなくなればいいのに、けっきょく一時間くらい険しい顔で誰かの文句を言い合っていた。
 セミの音を聞くこと二時間半。チェックインの時間が近づき、旅館へ向かう。通りには相変わらず人はいない。
 旅館の部屋はこんな感じ。料亭みたいなところだった。
 
 100826_1523~01

 お風呂はこんな感じ。
 ゆず湯を売りにしているが、ゆずは浮かんでいるものの香りは一切せず。だけど一日で流した汗を流し、湯船に使った瞬間は極楽。

 100826_2034~01


 
 部屋でゆっくりする。エアコン、テレビはあったが、あえて点けないで窓の外の自然の音を聞きながら読書。幸せ。
 
 しかし、幸せはこの日までだった。
 翌日からの地獄を、このときは知る由も無かったのだ。
 
 つづく
 

旅に出る!

8月25日から突然決まった5連休

どこか旅でてやろうと思って無計画で家を飛び出してみた。

どこでもいいや。とりあえず近場て奥多摩なんてどうだ?

と飛び出してみたはいいものの、さすがお盆シーズン。宿なんて空いてないじやないか!

ということで初日で行けたのが立川まで。
立川のホテルに宿泊するはめに。
普通のシティホテルの様相だったが、古いホテルのようで、なんとなく昭和の赴きがある。

最安値の部屋をお願いしたのに、ホテルのご厚意で値段据え置きで広い部屋に案内された。
部屋もわりと雰囲気がある。
ノスタルジックな文化住宅的な部屋。なんか落ち着くーと思っていた矢先の出来事だった。

誰かの視線を感じる……


部屋に入ってソファーに腰掛け、渇いたのどを潤そうとペットボトルに手を伸ばしたそのとき、なにやら誰かに見られている気配……。
なんだろうと部屋の一角にあるドアを見る。明かりをともしていない部屋は薄暗く、小さな窓から差す木漏れ日で、電気をつけようかつけまいか迷う明るさ。まだテレビもつけておらず、部屋の中はしんと静まり返っている。
そんな中、目に留まるドア。
浴室へ続くドアは木製のありふれたもの。ドアの上半分は曇りガラスとなっており、その向こう側にあろう浴室は黒く染まっている。
その曇りガラスに……顔が……!
いや、本当に顔があったんですよ。
ソファーに腰掛けたまま硬直して、じっとその顔を見つめてみる。その顔の主は、一体何者なのか。男のようにも見える。昔、このホテルが建つ前にここで亡くなった人の霊だろうか。
とりあえず携帯を取り出し、ドアに映った顔を激写。


100825_1552~01

コントラストを変えてみた写真。

100825_1556~01


馬鹿にするなって? こんなの反射だろう?
正直に言うと、ただの反射だろうけど、写真で見るより実際見たほうがよりリアルに人の顔だったんだって。何枚も写真を撮って、いちばんリアルに近い状態で写せた写真が上記のもの。
その顔は、日が暮れるころにはなくなっていましたとさ。
めでたしめでたし。

とりあえず明日の宿が決まらない。さすがお盆シーズン。宿はどこも開いていない。
とりあえず行っちゃうか。
宿見つからなかったら、また立川に戻ってくればいいし。
大自然を見に、行く先は御嶽! そこに何があるのかまったく知らないけど、行って決めるさ。

今日もFlickr

 いただいたコメントで、一番面白い作品だとか、更新を一番楽しみにしているとの言葉をいただき、天狗になりそうになるのを必死にこらえながら、ふむふむなるほどなーと思案してみる。自己満足とか、自分のためとか言っておきながら、ほめられると嬉しいのは、ただのエゴだなーとか思う。
 世の中金じゃないよね、とか言っておきながら高級な指輪のプレゼントの指輪に喜ぶ女性のテレビCMがあったけど、まさにあんな感じだ。
 ほめていただく反面、昔から誤字脱字の指摘も多いので、頭から直そうとは思うんだけど、ああ、やる気が……。
 
 
 今日もFlckrを眺めてた。
 まえにあっちから変なの出てきたのなかで、佐々倉という男が城塞都市の周りにある渓谷に下りていく場面があるんだけど、ちょうどイメージに合う写真を見つけた。

4844652693_ba3b6bbd59_b.jpg



好きな写真は、建物の写真や、町がどの一角を切り取ったような写真。人物写真や風景写真は、とりわけ印象強くないとあまり見ない。
たとえば「たまらん!」とぞくぞくするのが以下のような写真。
ものすごくシンプルだけど、見ているとわくわくしてくる。
きっと、理解してもらえないだろうな……。

写真



中にはこんな不思議な写真もある。
これ、本物かどうかは分からないけど、なかなか印象深い。

写真




それと、現在、bbsなどでいただいた感想の返答を控えておりますが、コメントやbbsで感想いただけると間違いなく嬉しいし、意欲にもなっています。返答しないからといって無視してるわけじゃないですので、返信を期待されてbbsに書き込まれた方は、この場でお詫び申し上げます。ごめんなさい。

最近いただいたbbsのほうで「面白い」とまた浮かれるような書き込みをいただいたんですが……どれのことだろう。きっとあっちからのことだとはおもうのですが。いずれにしても嬉しいです。

Flickr

 コメントくださってありがとうございます。
 忙しくって小説書く時間も無く、待ってる人に悪いなーって思ってたんですが、ゆっくり書くことにします。
 それに、ずっとあっちからばっかり書いてるからたまには他のものも書きたいなーって思って。他のものを書いてると、当然あっちからの更新も遅くなるわけで、ちょっとどうしようかなと迷っていたわけです。
 
 
 新しいものを書きたいなと思って、いろいろ模索しているわけですが、イマジネーションの補給に、いつもあるサイトを利用させていただいてます。以前にこのブログでも紹介したんですが、それは「flickr」。
 一般の人や写真家が、たくさんの写真を掲載しているコミュニティーサイトで、時間があるときは一時間以上、そのサイトで写真を眺めています。以前紹介したときは「Camera Toss」という写真で、なんだそりゃ、という人は、以下の写真を参照。

輝くアンモナイト しましま レッツ・ダンシング


 カメラをぶんなげて撮影するそうですが、以前の照会文を以下に転載。

---------------
この写真は前述したように「Camera Toss」にて撮影した写真らしい。
「Camera Toss」とは、ようするにカメラを空高くぶん投げて撮影するものだ。
 暗い場所で、何らかの光源のある状態で空にぶん投げ、ブレ現象を利用して幾何学模様の写真を撮るらしい。これが「Flickr」でブーム。

「Flickr」というのは、フリッカーと読み、SNSみたいなもんで、ユーザ同士で写真を見せ合ってニコニコして楽しむサイト。カナダ発祥のサイトらしいが、現在はyahoo!に買収され……ってどこかに書いてあった。

 フリッカーといえば、その昔、日本で有名なアニメ「ポ○モン」を見てひっくり返る子供が殺到したあの事件に聞かれた言葉。
テレビ画面などがちらちらストロボ点滅。それを見てた子供が光感受性発作を起こして卒倒した。
 最近では映画「BABEL」にて、ディスコのシーンにて同じような症状を訴える観客がいたそうな。

 そのフリッカーとはとは別よ、と言いたいだけなのだが、見ての通り綴りが違う。

「Flickr」 → 写真のSNS
「Flicker」 → ちらちら明滅
---------------

 最近では画素も高く高画質で、どの写真も美しい。加工された写真も多いと思うが、出来れば加工なしの生写真が見たいけど、見分けはつけられないのが悲しい。

 心を揺さぶる写真が数多くあり、ときどき感動すら覚える写真を見つけると、一人喜びに浸ったりしています。


 素直に美しいと感じたり

 スライドショー


 わけも分からず畏怖を感じたり

4871688071_c50be7c4cd_b.jpg



 動きが流れる映像とは違い、その一瞬、その一部、そしてその静寂を切り取って残す写真には、動画とは決して違うイマジネーションの世界が存在して、動かず、音も出さない写真は、それを見る人間の大部分の心に依存し、存在を明確にします
 思い出の写真は、その背景には自身の記憶が蘇り、確かに風の音が聞こえ、人の子が聞こえ、花のにおいを感じることで、映像とは違う「生」の感性が心を揺さぶるのだ。動画と比べ物にならないくらい新鮮で、ノスタルジックなのが写真なのです。


 好きなのは建物内だったり、街角の一角を切り取ったような写真が好きです。
 今後もすばらしい写真があったら紹介していきます。


 | ~home~ | 

最近の記事


最近のコメント


カテゴリー


FC2カウンター

訪問者数:

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

ブログ内検索


RSSフィード


リンク

このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。