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旅に出た! 最終日

 コメントありがとうございます。
 旅は楽しかったですよ。一人旅は初めてですが、一期一会に小さな冒険の積み重ね。普段は見向きもしない曲がり角を通ってみようか、といった小さな冒険ですが、思いもしなかった風景が目の前に広がったり、または恐ろしい目にあったりします。
 
 さて、最終日です。
 8月28日。

 地獄のようだった昨日を思い出し、辟易すると思いきや、なぜか名残惜しさが胸に渦巻く最終日の朝。
 あんなに大変な思いをしたのに、なんだかまだ帰りたくない!
 
 さて、この朝はとても不思議だった。不思議な体験をしたわけではないが、不思議な感覚を味わったことは間違いない。
 
 午前の八時半。朝食の時間である。台所にいた女将に「食事お願いします」と声をかけてから、食事の用意された部屋に向かう。広い和室に一人腰掛ける。昨日の中学生か、高校生くらいの女の子が配膳の支度をしてくれる。
 次に味噌汁を女将さんが持ってきた。
 今日も暑くなりそうですねーと、強烈な朝日が差す大きな窓を開けてくれる。風が入ってくる。同時に虫や小鳥の音も明確になる。

 朝食をとりながら、三十分ぐらい女将さんと閑談する。
 この旅館の主は、神社の宮司さんらしい。詳しくは聞かなかったが、予約すれば滝行なども体験できるという。
 まばゆい朝日が差し込む明るい部屋、そして静寂。あいまって言い表しがたい不思議な感覚。現世ではないような光に満ち溢れた空間が奇妙な感覚にいざなうのだろう。
 この旅館のお客さんは不思議な人が多いらしい。会話の冒頭はそんな話。
 いわゆるスピリチュアルなお客さんが多いそうだ。宮司(昔でいう神主)さんという職業柄だろう。
 スピリチュアルとは、きっとテレビとかでおなじみかもしれないが、人の先祖が分かってしまったり、病気が分かってしまったり、悩みが分かってしまったり、幽霊を見ることの出来る人たちのことだ。
 
 女将さんに 霊感ありますか? などと訊かれて、ぶるぶると首を横に振る。実は高校生くらいまでに結構幽霊を見たことがある。金縛りや心霊体験なども結構ある。案外不思議なものを見る体質だと思うが、見るからこそ、幽霊というものを信じない人間になった。

 初日のホテルで撮った心霊写真を覚えているでしょうか。あれも、間違えれば本物の顔だと信じ込み、幽霊を見た! と堂々と公言してしまう危険がある。だけど、よく見れば違うことが分かる。
 そう見える、見間違い、錯覚。そういうものだろう。熱に浮かされて奇妙な体験をするのと同じ。

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(以下、独断と偏見にてスピリチュアルをぶった斬ってます。不愉快な思いをされる方もいると思うので、スピリチュアルな人は読み飛ばしてください)
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 それに、一時期であるが、知り合った人みんなに「君はこういうとき、こういうことをするね」とか「こういうことに悩んでいるね」とか指摘して「何で分かるの!?」と驚かせることが楽しくて仕方なかった時期がある。最後にはネタばらしして安心させるのだけれども、あれをネタばれしないまま続けていたら、きっと指摘されたほうは「超能力」と感じたままだったかもしれない。
 いまはやってないけど、コツがあるのは確か。江原もオーラの泉が始まったころはやってた。(いまやれって言われても、もう出来ないだろうけど)
 自分が選択したつもりでいても、その答えに誘導されていることに気づかない。
 最後にいつも「占い師や、スピリチュアルはこういうことなんだよ」とネタを教えてあげる。超能力でもなんでもないんだって。ただのテクニック。手品や催眠術みたいなもの。
 
 スピリチュアルなお客さんが多いとのことで、女将さんはそんなお客さんの話を聞くのが好きらしい。
 でも、話を聞く限りにおいては江原に影響を受けてその気になってると、手に取るようにわかるような話を、女将にしているようだ。何度も聞こえてきたのは「役目」というキーワード。江原の好きなキーワードだ。自分はスピリチュアルな世界を人々に知らせる役目がある。人を助ける役目がある。などという話である。一見、高尚な感じがしないでもないが、そう口にすることで、悦に入って喜んでるだけの戯言に聞こえてしまう。
 結局は自分の言葉を持たないと駄目だよ。それじゃただのミーハー。たとえ本物のスピリチュアルな人であろうと、やっぱり江原コピーに思えてしまう。少なくとも「役目」の二文字は使っちゃ駄目だね。真っ先に江原がばーんと思い浮かんじゃうし。
 ファッションリーダと同じファッションをしてしまう女子高生と同じ心理状態っぽい。
 
 宗教とは道徳。そんな風に感じるのだけれども、彼らにとってはよりリアリティのある現物っぽい。漠然とこんな感じー、っていう世界を、必死に形あるものとして捉え、人に伝えて信じさせることで現実にしようと試みている。

 ある意味で柔軟性の無い考えに思えるが、そう頭の固い人々ではない。スピリチュアルな人々は非常に話術に長けている。人と話すとき、決して非の打ち所の無い理詰めの説得を試みたりはしない。理論の破綻をあらかじめ用意し、相手がそれを指摘できるように隙を作って会話する。でも、それは語り手の意図する方向へ相手の心理を誘導する、いわゆる誘導尋問ってやつだけどね。
 
 まあ宗教の話だから深堀はしないでおこう。
 ただ、神道においては八百万の神といわれるように、全てのものには神が宿るという考え方がある。それはすなわち、神とは万物の自然、自然とは生物の母。そして、環境破壊という言葉でお馴染みの自然の陵辱行為は神への反逆に等しく、人類はそのしっぺ返し(バチ)を食らおうとしている。
 自然を「神」として捉え、神に感謝し、恵みに感謝することは人間にとって必要な道徳心に思える。全てのものに神が宿るとすれば、ものを大切にするだろうしね。
 歴史的に政治、戦争に利用されてきた神道だけれども、仏教などの坊主の丸儲け状態に比べればつつましく健やかな宗教に感じる。(←ものすごい独断と偏見で書いてます。仏教を真剣に学んでいる人だっています。愚か者の戯言だと思って見逃してください…)

 それとね。絵馬や短冊に願い事を書く。みんなやったことがあるだろうけど、勝利、合格などの願いは、逆説的に敗者、不合格者を出してくれと神に祈っているに等しく、すなわりそれは呪いとなる。そんなこと、神社でお願いしちゃだめだよ。
 自然たる「神様」には、平穏無事を感謝し、清らかに、そして健やかにすごせてきたことを神様に報告するためにある。
 
 そして、こんな話をした。
 ――先祖を大事にしているか。
 
 また重たいテーマだけど、女将が聞いたスピリチュアルな人たちが言うには「先祖を大事にするということは、墓参りしたり、仏前、神棚に手を合わせることではない。なにより自分が今生きていることに感謝することだよ」とのこと。先祖から受け継いできた自分の命を大事にすることが、先祖を大事にすることにつながるのだそう。
 
 まったく、きれいごとも甚だしい。いやだね、こんな話。
 墓参りしたり、仏前、神棚に手を合わせることではない、という部分は共感。それ以外はどっかで訊いたことのあるきれいごとにしか聞こえない。

 個人的な考えはあるけど、ここでは伏せておく。
 だけど「自分の命を大事にすること」という言葉は、もちろん大事な言葉だけれども、ちょっと多様的すぎて卑怯な言葉だから嫌い。反論されても言い返す用意が出来てる言葉だね。

 御嶽神社で一度も参拝しなかった奴がする話じゃないな。。。

 重たい話をしてしまったけど、女将さんの話を聞いて結論に至る。スピリチュアルな人間であることを公言する人たちの99%は、おそらくイカサマだろう。だって会話に占い師や詐欺師でお馴染みのテクニックを使うんだもん。自分が特別だと思いたい悲しい人たちに見える。
 でも、百人に一人は本物がいてほしい。これは希望的観測。それに、いるんじゃないかと思ってる。人の感情を感じることに優れた繊細な人もいるし、相手の心理を読む達人もいる。達人を越えた存在になれば、想像もつかない感覚で、スピリチュアルな世界を実際に見ている人がいてもおかしくないと思う。思いたい。幽霊が実在してほしいなー。それから本物のスピリチュアルな人に会いたいなー。スピリチュアルで人を依存的にさせるんじゃなくて、本当に救える人に。
 
 
 ……あれ……今回のテーマは一人旅の最終日じゃなかったか……


----------------------------
(以下、テーマを戻します)
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 脱線しましたが。
 不思議な朝を過ごして、決心したところからはじめよう。
 
 まだ帰らない!
 パワースポットのロックガーデンまで行ってやる!
 せっかくの最終日。心残りを作りたくない。
 
 朝食を終えて、部屋に戻るなら鼻息を荒くして身支度をする。
 女将さんに荷物を預かってもらえるかと相談したら、快諾してくれた。荷物を置いて身軽になって、いざロックガーデンへ。
 
 往復で二時間程度だという話。
 
 昨日も登った神社の階段を登り、中腹辺りにある森の小径を進む。直進すると、昨日にスズメバチの巣があるという見晴台の前を通る。通り過ぎて進むとロックガーデンへの道。
 
 ここまではいい。一度は通った道だし、歩調は軽快。

 100828_1026~03


 ルートは以下の通り。
「御嶽神社」→「見晴台」→「天狗の腰掛け杉」→「綾広の滝」→「ロックガーデン」→「天狗岩」→「見晴台」→「御嶽神社」にもどる、だったかな。
 たぶん、四、五キロ位のコース。
「天狗の腰掛け杉」まではすぐにたどり着く。
 
 100828_1008~01 100828_1008~03

 
 ロックガーデンにしか興味は無いので、ほぼスルー状態で先に進む。まだ道はそれほど厳しくない。
 なんか、後ろから歩調を合わせて後を付いてくる中年男がいた。変なやつ。写真撮影をする振りをして先に行かせる。
 
 山道を行く。次の「綾広の滝」が遠い。なかなかたどり着かない。旅館で貰った地図付きパンフレットを広げる。確かに距離はある。
 七代の滝というのがあって、旅館の女将に、そこだけは絶対に行っては駄目だと言われていた。梯子を昇り降りする必要があったり、道も険しく、初旅行者が行くと二度と来なくなるという難所らしい。
 まあ、ロックガーデンが見れればいいので湧き上がってきそうな冒険心は抑えておく。実際、七代の滝は行かなかった。
 しかし、この消極的な行動が、この日も地獄を呼び起こすのであった。
 
 
 ところどころに標識がある。
 この先「七代の滝」という標識を避けて進む。
 そろそろ見えてくるはずの「綾広の滝」は一向に見えてこない。
 道は今まで見てきたような山道なので写真は割愛する。
 進む。進む。
 いくらなんでもおかしい。これだけ歩いて「綾広の滝」が見えてこないのは。
 すると、次第に傾斜の厳しくなる山道。
 道は木の根がはびこり、砂利が多くなってくる。加えて急な傾斜。足を滑らせることが多くなり、足首をグネること数回。よく捻挫しなかったものだと思う。
 片側が急勾配な崖。落ちたらひとたまりもない。足場も悪い。旅館の女将さんの話では、こんな急勾配な難所は無いといっていたはず。

 100828_1029~03


 再び悪夢が蘇った。
 一歩一歩が超しんどい。呼吸が乱れ、心臓が破裂しそうなほどに苦しい。途中途中休憩するが、時々、ご老人の男女が追い抜いていく。なんて体力だ。
 お年よりは社会的弱者? 席を譲れ? とんでもない! この山にいるご老人たちは超人ばかりである。
 どこまで行けば滝があるんだ。途方も無い上り坂をひたすら登る。傾斜が厳しすぎて、手を使わないと登れない場所もある。
 おかしい。絶対におかしい。
 滝のように流れる汗。
 あ、しまった!
 気づいたときには遅い。今日も水分を所持していないのであった。
 のどはからから。
 このままでは遭難する!
 近くのお年寄りに助けを求めるなんてことは、この年齢であってはならない! くそ! 若さで乗り切れ!

 その急勾配は四十分ほど続き、出発から実に一時間半が立っていた。10時に出発して、荷物を置いてきた旅館にはお昼までには戻るといっていたのに、約束の12時にはあと二十分程度しかない。
 その崖に等しい坂の終点はちょっとした開けた空間があって、杉の木が周囲に規則正しく連立する美しい場所だった。
 ところが写真を撮ることも忘れて、思わず地面にへたり込んだ。心臓のバグバグ具合と、乱れる呼吸、そしてぽたぽたと地面に滴る汗の量が尋常じゃない。
 パンフレットの地図を広げる。なんだこの簡略地図は。細かい目印などどこにも書いていない。汗でパンフレットもよれよれである。
 綾広の滝はいったいどこなんだ。
 それになにより、ここはどこなんだ!?
 その時、若いお姉さん集団が前を通っていく。道を聞こうか迷ったが、そんな格好悪いことは出来ない! しかし、若いお姉さんたちはそこ場で立ち止まると「風が気持ちいいねー」なんてのんきに休憩してる。
 頼むから早く行って……。
 出来るだけ、迷っているなんて気配を見せないように「休憩してるんですよー」という雰囲気をかもし出して若いお姉さんたちをやり過ごす。
 次に誰かやってきたら道を聞こうと思い、しばらくその場で待機する。
 しかし、またこんなことになるとは……。ここまで一時間四十分の道のり。ということは、帰りも同じだけかかると計算すると……。
 ため息が漏れる。
 五分ほどして、年のころ五十歳くらいの夫婦が登ってきた。すかさず声をかけて道を尋ねる。
 ここはどこなんですかねーなんて訪ねると
 大岳山だよ。
 との回答。
 はて、大岳山?
 パンフレットを眺めるが「大岳山」の文字は見当たらない。御嶽山にいたはずが、別の山に突入していた?
 あの……綾広の滝に行きたかったんですけど……と恐る恐るたずねると、おじ様は、はっはっはと笑って「ぜんぜん違う方向だよ」と残酷な一言。
 パンフレットの地図の範囲外に飛び出して、違う山を登っていたらしい。しかも結構奥深くまで。
 だって仕方が無いじゃないか! 途中に標識が無いんだから!
 来た道を戻るのが一番早いというので、死にそうになって登ってきた急勾配の坂を、すぐさま下る羽目に。
 何のために登ってきたのか……。
 ロックガーデンに行きたいだけなのに……。
 このままロックガーデンに行くつくことなく、帰ることになってしまうのか。
 
 
 
 登ってくるのは死ぬ思いだったが、下りは結構軽快だった。飛んだり跳ねたりしてアスレチック気分で軽快に坂を下る。何度かすっころげそうになったが、一度も転倒しなかったことについては、自分の運動能力をほめてあげたい。
 何度もグネった足首も痛いし、ロックガーデンは諦めるか。
 やってくるときに見かけたあずま屋の前を通ったとき、ふと標識が目に入った。この標識は来るときもちゃんと確認している。よく見ると標識があさっての方向を向いている。
 この先に道がある? よく見ると小さな清流沿いに道らしきものが。
 でもその標識にはこう書かれている。
「この先、七代の滝・岩石園」
 七代の滝は行くなといわれた場所。だから避けて通り過ぎたのだ。
 行きたいのはロックガーデンである。
 ん? いや、まてよ。
 岩石園?
 岩石園……英語でロックガーデン。

 こらぁ

 英語で書きやがれ……

 標識をけり倒したい気分。
 そういえば、ロックガーデンの先には分かれ道があり、片側は帰る道。そして行ってはいけない七代の滝は、もう一方にあるのである。
 ばかやろー!
 叫びたかった。誰もいなかったのに叫ばなかったのは小心者の悲しき性。
 どうしようか。
 疲労困憊だが、ここまできてロックガーデンを諦めるわけにも行かず、時間はあまり無かったが、ロックガーデンに行くことにした。
 標識の通り進むと、綾広の滝にはすぐにたどり着いた。
 
 100828_1138~01

 
 写真は人がいないように見えるが、さすが土曜日。滝の周りに人がわんさかいました。
 滝には興味なし。
 写真だけとって先に進む。
 綾広の滝から先は、すでにロックガーデンだった。
 ――感動した。
 お勧めされる理由は、見れば明らか。

 100828_1149~01


 なんて荘厳な景色だろうか。
 いくつもの岩が取り囲み、渓谷を形成している。清流が所々で小さな滝を作り、岩の間を流れていく。
 両脇は岩に挟まれ、さらに天蓋のように木々がアーチ作っている。天然のトンネルのようだ。
 空を見上げると、太陽をすかした新緑がまばゆく輝いている。
 
 100828_1150~05 100828_1150~04


 
 すげー。
 これが噂のパワースポット。
 ひどく苦労したけど、そんなの吹き飛ぶ美しさ。
 立ち止まっては何枚も写真を撮った。
 
 100828_1150~02

 
 結構距離がある。
 ここはほんとにイイ!
 苔むす石。
 冷たい清流。
 せせらぎの音。
 ああ、離れたくない。
 でも、時間は迫っている。
 写真からは、ここの美しさは決して伝わらない。
 
 100828_1149~03


 この時間が無い中でのロックガーデン観光が、逆にこの場所を尊いものとして印象付けた。
 心が初恋のようにときめき、とらわれ、躍動する気持ち。
 名残惜しいけど、やがてロックガーデンが終わり、天狗岩までやってくる。天狗岩の上には天狗の置物があるというが、興味ないのでスルー。写真も撮ってない。ロックガーデン一途。一筋。それ以外にはあんまり興味ない。

 今度こそ迷わないように、御嶽神社へ帰る道を慎重に進む。ここで間違えたら行ってはいけない「七代の滝」へ直行だからね。きっとこれを読んでる人は、さらに迷って「七代の滝」に行っちゃうのを期待してるかもしれないけど、そうは行くものか。
 ちゃんと迷わず御嶽神社に戻りました。
 そして、戻ったのは一時近く。実に三時間も冒険してしまった。足腰はガクガク。こりゃ、しばらく起き上がれない。
 旅館に戻ると、大学生たちが玄関先に群がっていた。彼らも山登りをしていたらしい。昨日は怒ってごめんね。心の中で謝りながら、女将さんにお礼を言って荷物を受け取る。
 さて、いよいよ帰りである。
 
 心残りが後もうひとつある。
 お土産屋さんの美しき若女将さん。
 最後に挨拶せねばとお土産屋さんに向かうと、素敵な笑顔で迎えてくれました。本当にお世話になりました。
 最後に「ひょっとして、作家さんですか?」と尋ねられた。
 何でそう思ったのか尋ねなかったが、いい線いってます。作家じゃないけど、作家志望です。
 とりあえず若女将さんには「ただのサラリーマンです」と答えて、別れの挨拶をして帰路に着く。
 
 とんでもない目にあった御嶽山。心臓が破裂しそうになり、足腰ガクガク、疲労困憊。
 だけど、なんだこの名残惜しさは。
 帰る途中に、すばらしい場所だったと感動に震える。
 こんなに苦しい思いをしたのに、また来たいと思ってる。
 休み明けから現実が待っているが、この旅のおかげでがんばれそうである。
 
 余談ですが、帰り道は当然、山登りを終えたご高齢の方々と一緒になるため、ケーブルカー、バス、電車など一切座れませんでした。若いんだと思って、根性で立ちつづけて家まで帰りました。
 
 
 以上、三泊四日の一人旅は終わりです。
 
 四日間の旅を書きましたが、文章量として原稿用紙にして60枚ほど書いています。長めの短編小説くらいですね。ブログ書きすぎ。小説を書けってんだ。
 
 なお、旅の紹介のブログではなく、あくまで創作系サイトのブログですので、名所の紹介や、泊まった宿の名前などは公表していません。結構文句も書いてるので、かけないって言うのもありますが、おそらく出てきたキーワードでググればどの旅館かはすぐに分かると思います。
 ぜひ、同じ旅館に宿泊し、同じルートで山を登ってみてください。
 そして、ぜひ同じように胸震える感動を共有しましょう。
 
 ではでは。

100828_1026~02
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