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うるとらばいおれっと

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無題

 11月26日の土曜日に父親と、親戚の人間で夜釣りに行った。
 子供のころに良く夜釣りに連れて行ってもらったが、久しぶりに行こうと誘われたのだ。
 現場まではバイクで向かったが、さすがに11月末は寒い。八十キロ近く走ったので到着するころには凍えきっていたが、先に来ていた親戚の子が焚き火を炊いており、救われたような気分だった。
 最初の一、二時間はバーベキューしたり、鍋を作ったりして和んでいたが、夜八時くらいになるとようやく本来の「夜釣り」を開始。
 川は両脇を土手にはさまれており、そばには川をまたぐ木造の橋がある。水面からの高さは五メートルほど。橋の先(下流)では小ぶりなダムのように水をせき止めている場所があり、ちょっとした池のようになっている。川の周囲は雑木林、畑などが広がり、所々に工場が散見されるが、民家や人気は皆無。夜ともなれば人通りは無く、森閑とした闇夜に変わる。
 釣り場といえば非常に狭く、川岸に生い茂る雑草を踏み潰して、三畳ほどの空間を造った程度の広さ。その中央で焚き火を燃やし、三人で囲みながら暖を取りつつ、釣竿を川にたらす。
 最初にコイを吊り上げたのは父親。小さなコイだったが、成果に満足げ。できればクキやハヤなどを吊り上げたいが、割とレアな魚である。
 しばらくすると平フナが釣れたが、リリース。ターゲットはコイかクキ、あるいはハヤ。
 昔、バカッセという魚が良く釣れた。不細工な魚でコイの仲間であることからニゴイとも呼ばれる。ところが、煮ても焼いても食えない魚で、釣り人が釣り上げては捨ててしまうため、現在はクキやハヤよりもレアな魚になった。
 さて、そうこうして夜釣りを続けること数時間。深夜一時になると眠気が頭をもたげ始まる。父親も親戚も、眠いと言いだして自分の車に戻っていった。
 仕方が無いので、一人で釣りを続けることにした。暗い川辺。真っ黒な川面にLED付きの浮きがほのかに光っている。ただじっと浮きだけに集中し、いつ「引き」があるか、その瞬間だけを待ちわびる。それが釣り。ある意味、無我に悟りを求める座禅に通じるものがあるのか。それとも人が糧を得るために繰り返してきた経験と遺伝子が、釣りというものを通じて生存本能に働きかけるのか。釣りとはなんとも不思議なものである。なぜピクリとも動かない浮きを長時間見つめ続けていられるのか。退屈など感じない。ただひたすら当たりを待つ。
 父親と親戚が寝静まって二時間ほど経ったか。相変わらず魚は釣れず、じりじりと当たりを待つ時間が続く。時々は焚き火に木をくべて、火を絶やさないように気をつける。
 深夜三時。
 それまで人気の皆無だった空間に人の気配。
 そばにある橋を、誰かが歩く足跡がしたのだ。
 
 たったったった
 
 見ると小走りに走る黒いシルエットが見えた。橋の上を誰かが小走りに渡っている。
 こんな時間に? ――と思ったのもつかの間、黒いシルエットは小走りの勢いそのまま、橋の三分の一ほどの場所から川に飛び込んだのである。
 
 愕然としていた。
 
 明らかに「間」の無い飛び込み。
 直感する。泳ぎたくって飛び込んだとか、足を踏み外したとか、急病で倒れて川に転落したとか、そういう類のものではない。
 川に飛び込むまでの覚悟の時間や、躊躇する「間」が無いのである。
 数秒、驚愕しながら硬直していた。
 頭の中にはさまざまな想像がめぐる。
 自分は一体、なにを目撃してしまったのか。
 夜中の三時。
 普段は誰も近寄らない、人気の無い場所。
 無意識に上着のほけっとをまさぐっていた。
 懐中電灯がポケットに入っている。
 今いる位置からは、橋の反対側に飛び込んだシルエットは良く見えない。
 橋の反対側まで行かなければ、今何が起こったのか確認できない。
 耳を澄ます。
 あるいは助けを求める声が聞こえるかもしれない。
 ところが、いくら耳を澄まそうとも、助けを求める声どころか、水面を叩くような音もしない。先ほどまでと同じ静寂が周囲に広がるのみである。
 
 うわあ、怖い。
 
 頭の中、あるいは胸の中、あるいは全身に駆け巡ったのは「怖い」の二文字。今何が起こったのか。確かめなければ気持ちが悪いし、だけど確認しに行くのも恐ろしいのである。
 意を決して、シルエットが飛び降りた橋の反対側まで行く決心をした。
 橋から転落したシルエットが、夜中に小便でもしようと思って出てきた父親か親戚かもしれないとおもうと、確かめないわけにはいかなかった。
 立ち上がると、小さな懐中電灯片手に茂みを歩く。視界は懐中電灯が描く小さな円形のみ。LED式の懐中電灯は、なんとも冷たい明かりを放つ。映し出される映像は、その全てがモノクロに映り、色味も温かみも無い灰色の異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を描く。
 橋の反対側にたどり着くまでに、頭の中は恐怖の想像でいっぱいである。今目撃したのは、あるいは幽霊か。確かめに来た人間を罠にかけて、魂を食らう妖怪か。馬鹿馬鹿しいが、深夜の闇の中、ありえもしない想像をめぐらせてしまうのは人として健全だと、今は思っている。
 茂みを掻き分け、やがて見えてくる橋の反対側。前に記述したが、そこには堰が設けられており、ちょっとした池のようになっている。
 もちろん、暗闇の中で対岸は見えず、十メートル先は闇に溶け込んでいる。その闇を追い払うかのように懐中電灯を向ける。
 これも恐怖である。
 本当は見たくも無い闇の向こう側。もし、恐ろしい異形の化け物がこちらを見ていたら? そんなことを考えると、闇に溶け込む水面に光を当てる行為は恐怖なのである。
 水面にライトの光を滑らせていく。ふと、ライトが何かを捉える。
 
 ずきん!
 
 胸に刃物をつきたてられたかのような痛み。それほどの恐怖が、爆発的に全身を駆け巡り、心臓に負担をかけたのだ。
 懐中電灯に映し出されたのは顔。
 水面に浮かんだ、人の顔である。
 顔しかない。
 白い顔が、見上げるように水面に浮かんでいる。こちらから見ると横顔である。
 遠くてはっきりしない。生きているのか、死んでいるのか、ただの人形か。
 暗闇のせいで、沈んでいる全身が見えないだけであるが、どう見てのその光景は生首が浮いているようにしか見えない。その光景が、全身をあわ立てる。
 
 助けを求めているわけでもなく、溺れているように腕をはためかせて水面を叩いているわけでもない。
 顔は時々沈んだかと思うと、すぐに浮かんでくる。
 
 これは現実なのか。
 
 恐怖を払拭するべく、声を上げた。
「おおい! 大丈夫か!」
 声は暗闇に絡み取られ、しぼんでいくようだった。
 ところが、声を上げるとなんとも不気味なうめき声が聞こえてくるのである。
 ううぅ、ううっ……
 演出であるかのような薄気味悪い声。
 うめき声が、水に浮かぶ顔が生きている証明となったが、反面、恐怖を倍増させた。
 怖い。
 見なかったことにしたい。
 どうにもこうにも気持ちが悪い。なにか理由をつけてその場を逃げ出したいと思う自分を意識する。
 車のあるところまで戻って、寝ている父親を起こすと「ロープ用意して。人が川に落ちた」と報告。ぐっすり眠っていた父親は混乱しただろうけど、偶然ロープが車内にあった。父親に救急車を呼ぶように頼んで、一緒に川辺に戻る。
 父親が110番する横で、ロープを浮かぶ顔めがけて投げる。顔の近くにロープが着水して、顔は驚いたようにピクリと動いた。
「ロープを掴んで!」
 叫ぶが、顔はまったく動かない。何度も叫んだが、無反応。だが、うめき声は時々聞こえる。生きてはいる。
 父親は警察に電話しながら「飛び込むなよ」と釘を刺してその場を離れていく。父親は小心者である。怖いから一刻も早くその場を離れたいのだ。
 どうしようかと迷う。
 ロープを掴まない以上、いつまでも冬の冷水に漬かっていては、いずれは死んでしまう。
 自ら川に飛び込んで、泳いで助けに向かうか。でも、恐ろしい。自分が溺れてしまう、冷水に心臓麻痺を起こしてしまう、そんな恐怖ではない。
 得体の知れない人間が飛び込んだのだ。本当のところ、まだあれがちゃんと人間なのかも半信半疑。泳いで近づいたとたん、牙を剥いて襲い掛かってきて、水底へと引きずりこまれてしまうのではないかという恐怖なのである。
 どうしようもなく、川の先を確認しに行った。あの顔が流れていった先に、うまく助けられるところは無いか。
 すると、堰となった場所は橋のように、向こう岸まで続いており、歩いていけば流れ着く場所に先回りできそうだ。
 再度、水面に浮かぶ顔を確認する。
 するとどうだろう。心なしか顔が岸に近づいてきている。
 父親は戻ってこない。
 もしかしたら、うまく川岸まで流れてきてくれるのではないか。
 そう思っていると、もうすぐ手が届きそうな距離まで顔が流れ着いてきた。
 そこまで来ると容姿が明らかになる。
 老婆である。年のころ、七、八十の老人。
「手を伸ばして。掴むから」
 声をかけるが、反応は無い。でも、呼吸しているのが分かる。時々、顔が水に沈む。すると次には苦しそうに水面に顔を上げ、うめき声を上げる。
「聞こえる? もう少しで届きそうだから、手を伸ばして。こっち見て。目を開けてこっち見て」
 本当は見られるのが怖い。だけど、手が届かないのだ。向こうから手を伸ばしてもらうしかない。
 あと少しなのに、それ以上川岸に近づいてこない。
 周囲を見渡して、棒を発見した。棒を伸ばして、顔を手繰り寄せる。
 川岸まで流れてきたところで、寝そべって肩を掴んだ。
 このときも恐怖。
 手を伸ばした瞬間、形相を変えた老婆が自分を冷たい川底に引きずり込むのではないか。
 そんなことは無かったが、川岸はコンクリートの堤防のようになっており、水面から五十センチほどの段差がある。手を伸ばしてようやく肩がつかめる程度。引き上げようとしたが寝そべっている体勢に、水を含んで重くなった衣服を着ていては、一人では到底もちあげられない。
 大声で父親を呼ぶ。
 手伝って、と叫ぶが姿を見せない。
 力をこめて持ち上げてみるが、上半身が水面から出る程度。寝そべった体勢からではそれ以上は無理。
 何度か「こっち来て」と父親を呼ぶと、ようやく姿を見せる。老婆を掴んでいる姿を見て「飛び込んだのか?」と尋ねられたが「流れ着いた」と答える。
 父親と力を合わせて老婆を岸に引きずりあげると、呼吸を確かめた。
 息はしている。
「救急車は?」
「呼んだからすぐに来る」
 短い会話を交わして、次にどうすればいいのか考える。
「毛布を持ってこよう。濡れた服は脱がそう」
 そう提案すると、父親は車にある毛布をとってきた。
 さすがに素っ裸にするのは気が引けて、肌着一枚にすると老婆を毛布に包んだ。
「火を持ってくる」
 そう言って小心者の父親は再び現場を離れる。
 不気味なうめき声を上げ続ける老婆と二人きりにさせられる。
 正直、ここに残されるのは恐ろしかった。
 老婆は虫の息。
 目の前で死なれたら……。
 
 それまでうめき声を上げていた老婆が静かになった。
 
 ぞっとして老婆を見下ろす。
 ――呼吸をしていない。
 
「おい、大丈夫!?」
 慌てて体をゆすると、苦しそうに息を吸い込んだ。
 だがすぐに呼吸が止まる。
 体をゆすって声をかけると、再び呼吸を始めるのである。
 恐ろしいが、この場を離れられない。ほうっておくと死んでしまうので救急車が来るまで、必死の声を掛け続けることになる。
「どうしたん? 飛び込んだのか?」
 など尋ねると、老婆はしきりに「殺される……殺される……」と一心不乱に呟くものだから、恐怖は濃くなっていく。
 寒い……寒い……
 老婆の声がのろいの言霊のように聞こえてくる。
 遠くから父親が「死んだのか?」と尋ねてくるたびに「生きてるよ」と答える。
 
 しばらくすると、赤い回転灯。
 パトカーが来た。
 普段、忌み嫌っているはずのパトカーがやってきて、制服姿の警官がやってきたときの、脱力するかのような安堵感。
「大丈夫ですか!?」
 と声を掛けられたときは恐怖と孤独から解放されて、警察官に抱きつきたくなった。
 ほっと胸を撫で下ろす。
 その後は役目をバトンタッチ。
 救急車が対岸の橋の手前まで来たが、大きな車両では橋を渡れないようで、立ち往生している。
 でも、もうそんなことはどうでもいい。
 心底、警察官や救急隊員を尊敬した。
 仕事とはいえ、及び腰になってしまうようなことを率先してこなすのだから。警官、救急隊員が老婆に優しく声をかけたり、労わりながら担架に乗せている。物怖じしている様子など微塵もない。
 脱力して、その場に胡坐を掻いてタバコに火をつける。
 ゆっくりと煙を吐き出すと、ようやく落ち着いた。
 
 なんだったんだ、今の体験は。
 肝試しの比じゃない恐怖。
 生まれて初めて、こんなリアルな恐怖を経験した。
 眠った後に見る夢のように、自分が殺されたり、追い掛け回される恐怖に似て、写実的で、まさしく現実。
 
 そのあと、やけに陽気な私服警官のおかげで安堵はしたが、気分は落ち込んでタバコの本数は増えた。その場での事情徴収もふてくされたようにテンションが低かった。
 第一発見者としてやたら質問を受けたが、警察署へ同行させられたり、帰らされたりすることも無かった。
 老婆といえば、どうやら命に別状は無いらしいと警官に聞いた。
「気をつけて楽しんでくださいね」
 焚き火をしていたことへの、警察官の小さな咎めの言葉が、いつまでも頭の中でリフレインしていた。
 
 そのあと、平ブナを一匹だけ釣った。
 
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