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うるとらばいおれっと

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風邪ひいた

体調崩して寝込んでました。復活したので執筆再開してます。
再開していますが、なかなか納得できるデキではないので、更新まで少々時間をください。

あと、渾身を込めた作品なのになかなか感想の貰えない「桃色くも」について投票でコメントもらえていたのがすごく嬉しかったです。

それと念のため書いておきます。「桃色くも」や「君は消えてしまうのか」を小説家になろうの方に載せているのは友人に読んでもらうために一時的に載せているだけなので、もし感想をくれるという聖人のような方がいれば、ぜひHPの方にいただければと思います。
irmrさんも感想ありがとう。虚無編は正直「やっと書けた」という思いです。何年も前から書きたかったエピソードです。

ああ、あとさ、小説家になろうの方は、そろそろ二次創作の警告文を消して欲しいね。赤字で煩わしいし。あの赤文字が目に付くだけでひどく不愉快にさせてくれる。

以下は日記。日々の徒然です。

■埋れてしまっている過去の傑作小説に出会いたい

最近、小説を読んでて思うのは、知名度が低いけど、素晴らしい作品はないものか、ということ。
本屋大賞ってのは、そういう掘り出し物を日の目に出そうという試みの最たるものだと期待していたけど、やっぱり「売れているものが評価される」というつまらない結果に終わってしまってる。
読まれる数が多ければ、投票率も上がり、なんてことはない、ただの売れ筋ランキングとなんら代わりのないものになってしまっている。溜め息が出るよ。
前に書いたことがあるけど、ランキング依存という現象によって、売れている小説しか売れないというジレンマがあるそうな。
文学賞を取った作品、あるいは著名な作家しか売れない昨今、数々の才能が埋れてしまっているという。
編集社側も新しい才能を世に出そうという意欲も削がれるというもの。

何かできないかなーと真剣に考えることがある。
素晴らしい作品なのに、知名度もなく、埋れてしまっている作品が膨大にあるはずだ。傑作がその時代の風潮、ブームにそぐわなかったばかりに正当に評価されない作品群。
新しいものを求めるより、既存の埋れている傑作を掘り起こし、広く大勢に紹介したい。しかし、それを知る機会はないし、多くの読書家に、過去の作品に目を向ける意識はないだろう。
だけど、一方では多くの読書家は、ひょんなことで出会った傑作が全く世に出ることなく、評価されることなく忘れ去られてしまう運命を辿ったものに心当たりがあり、なおかつそのことを嘆いているはずである。
そんな作品を紹介してもらって、どうにかもう一度、表舞台に引っ張り出せないかと思う。そして、そんな方法はないかな、って真剣に考えてみたりする。
考えても、結局はニーズが無い以上、何をしてもマニアックでアングラな活動になるだけだろうという結論に至ってうなだれる始末。
そして、傑作という評価は人それぞれで、定義が曖昧である。文学色が強くなればなるほど偏った趣味の世界に陥るだろうし。紹介してもらっても、本当にその作品が傑作である確率はいかなるほどのものか疑問である。

さて、掘り起こす作品についてなんとなく定義をしてみる。定義の難しい文学作品は考えると長くなりそうなのでやめておく。

◆必要条件
①誰が読んでも面白いはずである超絶エンターテイメントであること。
②中編以上であること。
③もちろん世間的に認知度が著しく低いこと。
④エンターテイメントの定義とは、万人受けする内容であることで、純文学でもミステリーでもホラーでもラブロマンスでも良い。要するにジャンルは問わない。
⑤紹介者は厳選された作品を一つだけに絞ること。

◆除外条件
⑥絶版でも構わないが、絶対に手に入れられない書籍はNG。
⑦思想的に傾倒する文学作品は含まない。すなわち、中立性が感じられない作品は除外する。例えば以下のような作品は除外する。
(1)実在する殺人鬼などを正当化するようなリスペクトした作品
(2)封鎖的な公共の環境(学校、病院、刑務所等)においてありがちな、作者個人の考え方、思想に共感したからといって傑作だと決めつける考え方で選んだ作品
(3)宗教、団体、組織に対する布教、洗脳などの目的が感じられる作品
⑧これが一番重要。ある程度の専門知識が必要であったり、高次元な教養が必要である前提の作品は除外。ただし、それらの専門知識、高次元な教養を万人にわかりやすく描くことに成功しているのであれば、その限りではない。

などなど

ガイドラインを作成してHPでも作るかな。

無題

 11月26日の土曜日に父親と、親戚の人間で夜釣りに行った。
 子供のころに良く夜釣りに連れて行ってもらったが、久しぶりに行こうと誘われたのだ。
 現場まではバイクで向かったが、さすがに11月末は寒い。八十キロ近く走ったので到着するころには凍えきっていたが、先に来ていた親戚の子が焚き火を炊いており、救われたような気分だった。
 最初の一、二時間はバーベキューしたり、鍋を作ったりして和んでいたが、夜八時くらいになるとようやく本来の「夜釣り」を開始。
 川は両脇を土手にはさまれており、そばには川をまたぐ木造の橋がある。水面からの高さは五メートルほど。橋の先(下流)では小ぶりなダムのように水をせき止めている場所があり、ちょっとした池のようになっている。川の周囲は雑木林、畑などが広がり、所々に工場が散見されるが、民家や人気は皆無。夜ともなれば人通りは無く、森閑とした闇夜に変わる。
 釣り場といえば非常に狭く、川岸に生い茂る雑草を踏み潰して、三畳ほどの空間を造った程度の広さ。その中央で焚き火を燃やし、三人で囲みながら暖を取りつつ、釣竿を川にたらす。
 最初にコイを吊り上げたのは父親。小さなコイだったが、成果に満足げ。できればクキやハヤなどを吊り上げたいが、割とレアな魚である。
 しばらくすると平フナが釣れたが、リリース。ターゲットはコイかクキ、あるいはハヤ。
 昔、バカッセという魚が良く釣れた。不細工な魚でコイの仲間であることからニゴイとも呼ばれる。ところが、煮ても焼いても食えない魚で、釣り人が釣り上げては捨ててしまうため、現在はクキやハヤよりもレアな魚になった。
 さて、そうこうして夜釣りを続けること数時間。深夜一時になると眠気が頭をもたげ始まる。父親も親戚も、眠いと言いだして自分の車に戻っていった。
 仕方が無いので、一人で釣りを続けることにした。暗い川辺。真っ黒な川面にLED付きの浮きがほのかに光っている。ただじっと浮きだけに集中し、いつ「引き」があるか、その瞬間だけを待ちわびる。それが釣り。ある意味、無我に悟りを求める座禅に通じるものがあるのか。それとも人が糧を得るために繰り返してきた経験と遺伝子が、釣りというものを通じて生存本能に働きかけるのか。釣りとはなんとも不思議なものである。なぜピクリとも動かない浮きを長時間見つめ続けていられるのか。退屈など感じない。ただひたすら当たりを待つ。
 父親と親戚が寝静まって二時間ほど経ったか。相変わらず魚は釣れず、じりじりと当たりを待つ時間が続く。時々は焚き火に木をくべて、火を絶やさないように気をつける。
 深夜三時。
 それまで人気の皆無だった空間に人の気配。
 そばにある橋を、誰かが歩く足跡がしたのだ。
 
 たったったった
 
 見ると小走りに走る黒いシルエットが見えた。橋の上を誰かが小走りに渡っている。
 こんな時間に? ――と思ったのもつかの間、黒いシルエットは小走りの勢いそのまま、橋の三分の一ほどの場所から川に飛び込んだのである。
 
 愕然としていた。
 
 明らかに「間」の無い飛び込み。
 直感する。泳ぎたくって飛び込んだとか、足を踏み外したとか、急病で倒れて川に転落したとか、そういう類のものではない。
 川に飛び込むまでの覚悟の時間や、躊躇する「間」が無いのである。
 数秒、驚愕しながら硬直していた。
 頭の中にはさまざまな想像がめぐる。
 自分は一体、なにを目撃してしまったのか。
 夜中の三時。
 普段は誰も近寄らない、人気の無い場所。
 無意識に上着のほけっとをまさぐっていた。
 懐中電灯がポケットに入っている。
 今いる位置からは、橋の反対側に飛び込んだシルエットは良く見えない。
 橋の反対側まで行かなければ、今何が起こったのか確認できない。
 耳を澄ます。
 あるいは助けを求める声が聞こえるかもしれない。
 ところが、いくら耳を澄まそうとも、助けを求める声どころか、水面を叩くような音もしない。先ほどまでと同じ静寂が周囲に広がるのみである。
 
 うわあ、怖い。
 
 頭の中、あるいは胸の中、あるいは全身に駆け巡ったのは「怖い」の二文字。今何が起こったのか。確かめなければ気持ちが悪いし、だけど確認しに行くのも恐ろしいのである。
 意を決して、シルエットが飛び降りた橋の反対側まで行く決心をした。
 橋から転落したシルエットが、夜中に小便でもしようと思って出てきた父親か親戚かもしれないとおもうと、確かめないわけにはいかなかった。
 立ち上がると、小さな懐中電灯片手に茂みを歩く。視界は懐中電灯が描く小さな円形のみ。LED式の懐中電灯は、なんとも冷たい明かりを放つ。映し出される映像は、その全てがモノクロに映り、色味も温かみも無い灰色の異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を描く。
 橋の反対側にたどり着くまでに、頭の中は恐怖の想像でいっぱいである。今目撃したのは、あるいは幽霊か。確かめに来た人間を罠にかけて、魂を食らう妖怪か。馬鹿馬鹿しいが、深夜の闇の中、ありえもしない想像をめぐらせてしまうのは人として健全だと、今は思っている。
 茂みを掻き分け、やがて見えてくる橋の反対側。前に記述したが、そこには堰が設けられており、ちょっとした池のようになっている。
 もちろん、暗闇の中で対岸は見えず、十メートル先は闇に溶け込んでいる。その闇を追い払うかのように懐中電灯を向ける。
 これも恐怖である。
 本当は見たくも無い闇の向こう側。もし、恐ろしい異形の化け物がこちらを見ていたら? そんなことを考えると、闇に溶け込む水面に光を当てる行為は恐怖なのである。
 水面にライトの光を滑らせていく。ふと、ライトが何かを捉える。
 
 ずきん!
 
 胸に刃物をつきたてられたかのような痛み。それほどの恐怖が、爆発的に全身を駆け巡り、心臓に負担をかけたのだ。
 懐中電灯に映し出されたのは顔。
 水面に浮かんだ、人の顔である。
 顔しかない。
 白い顔が、見上げるように水面に浮かんでいる。こちらから見ると横顔である。
 遠くてはっきりしない。生きているのか、死んでいるのか、ただの人形か。
 暗闇のせいで、沈んでいる全身が見えないだけであるが、どう見てのその光景は生首が浮いているようにしか見えない。その光景が、全身をあわ立てる。
 
 助けを求めているわけでもなく、溺れているように腕をはためかせて水面を叩いているわけでもない。
 顔は時々沈んだかと思うと、すぐに浮かんでくる。
 
 これは現実なのか。
 
 恐怖を払拭するべく、声を上げた。
「おおい! 大丈夫か!」
 声は暗闇に絡み取られ、しぼんでいくようだった。
 ところが、声を上げるとなんとも不気味なうめき声が聞こえてくるのである。
 ううぅ、ううっ……
 演出であるかのような薄気味悪い声。
 うめき声が、水に浮かぶ顔が生きている証明となったが、反面、恐怖を倍増させた。
 怖い。
 見なかったことにしたい。
 どうにもこうにも気持ちが悪い。なにか理由をつけてその場を逃げ出したいと思う自分を意識する。
 車のあるところまで戻って、寝ている父親を起こすと「ロープ用意して。人が川に落ちた」と報告。ぐっすり眠っていた父親は混乱しただろうけど、偶然ロープが車内にあった。父親に救急車を呼ぶように頼んで、一緒に川辺に戻る。
 父親が110番する横で、ロープを浮かぶ顔めがけて投げる。顔の近くにロープが着水して、顔は驚いたようにピクリと動いた。
「ロープを掴んで!」
 叫ぶが、顔はまったく動かない。何度も叫んだが、無反応。だが、うめき声は時々聞こえる。生きてはいる。
 父親は警察に電話しながら「飛び込むなよ」と釘を刺してその場を離れていく。父親は小心者である。怖いから一刻も早くその場を離れたいのだ。
 どうしようかと迷う。
 ロープを掴まない以上、いつまでも冬の冷水に漬かっていては、いずれは死んでしまう。
 自ら川に飛び込んで、泳いで助けに向かうか。でも、恐ろしい。自分が溺れてしまう、冷水に心臓麻痺を起こしてしまう、そんな恐怖ではない。
 得体の知れない人間が飛び込んだのだ。本当のところ、まだあれがちゃんと人間なのかも半信半疑。泳いで近づいたとたん、牙を剥いて襲い掛かってきて、水底へと引きずりこまれてしまうのではないかという恐怖なのである。
 どうしようもなく、川の先を確認しに行った。あの顔が流れていった先に、うまく助けられるところは無いか。
 すると、堰となった場所は橋のように、向こう岸まで続いており、歩いていけば流れ着く場所に先回りできそうだ。
 再度、水面に浮かぶ顔を確認する。
 するとどうだろう。心なしか顔が岸に近づいてきている。
 父親は戻ってこない。
 もしかしたら、うまく川岸まで流れてきてくれるのではないか。
 そう思っていると、もうすぐ手が届きそうな距離まで顔が流れ着いてきた。
 そこまで来ると容姿が明らかになる。
 老婆である。年のころ、七、八十の老人。
「手を伸ばして。掴むから」
 声をかけるが、反応は無い。でも、呼吸しているのが分かる。時々、顔が水に沈む。すると次には苦しそうに水面に顔を上げ、うめき声を上げる。
「聞こえる? もう少しで届きそうだから、手を伸ばして。こっち見て。目を開けてこっち見て」
 本当は見られるのが怖い。だけど、手が届かないのだ。向こうから手を伸ばしてもらうしかない。
 あと少しなのに、それ以上川岸に近づいてこない。
 周囲を見渡して、棒を発見した。棒を伸ばして、顔を手繰り寄せる。
 川岸まで流れてきたところで、寝そべって肩を掴んだ。
 このときも恐怖。
 手を伸ばした瞬間、形相を変えた老婆が自分を冷たい川底に引きずり込むのではないか。
 そんなことは無かったが、川岸はコンクリートの堤防のようになっており、水面から五十センチほどの段差がある。手を伸ばしてようやく肩がつかめる程度。引き上げようとしたが寝そべっている体勢に、水を含んで重くなった衣服を着ていては、一人では到底もちあげられない。
 大声で父親を呼ぶ。
 手伝って、と叫ぶが姿を見せない。
 力をこめて持ち上げてみるが、上半身が水面から出る程度。寝そべった体勢からではそれ以上は無理。
 何度か「こっち来て」と父親を呼ぶと、ようやく姿を見せる。老婆を掴んでいる姿を見て「飛び込んだのか?」と尋ねられたが「流れ着いた」と答える。
 父親と力を合わせて老婆を岸に引きずりあげると、呼吸を確かめた。
 息はしている。
「救急車は?」
「呼んだからすぐに来る」
 短い会話を交わして、次にどうすればいいのか考える。
「毛布を持ってこよう。濡れた服は脱がそう」
 そう提案すると、父親は車にある毛布をとってきた。
 さすがに素っ裸にするのは気が引けて、肌着一枚にすると老婆を毛布に包んだ。
「火を持ってくる」
 そう言って小心者の父親は再び現場を離れる。
 不気味なうめき声を上げ続ける老婆と二人きりにさせられる。
 正直、ここに残されるのは恐ろしかった。
 老婆は虫の息。
 目の前で死なれたら……。
 
 それまでうめき声を上げていた老婆が静かになった。
 
 ぞっとして老婆を見下ろす。
 ――呼吸をしていない。
 
「おい、大丈夫!?」
 慌てて体をゆすると、苦しそうに息を吸い込んだ。
 だがすぐに呼吸が止まる。
 体をゆすって声をかけると、再び呼吸を始めるのである。
 恐ろしいが、この場を離れられない。ほうっておくと死んでしまうので救急車が来るまで、必死の声を掛け続けることになる。
「どうしたん? 飛び込んだのか?」
 など尋ねると、老婆はしきりに「殺される……殺される……」と一心不乱に呟くものだから、恐怖は濃くなっていく。
 寒い……寒い……
 老婆の声がのろいの言霊のように聞こえてくる。
 遠くから父親が「死んだのか?」と尋ねてくるたびに「生きてるよ」と答える。
 
 しばらくすると、赤い回転灯。
 パトカーが来た。
 普段、忌み嫌っているはずのパトカーがやってきて、制服姿の警官がやってきたときの、脱力するかのような安堵感。
「大丈夫ですか!?」
 と声を掛けられたときは恐怖と孤独から解放されて、警察官に抱きつきたくなった。
 ほっと胸を撫で下ろす。
 その後は役目をバトンタッチ。
 救急車が対岸の橋の手前まで来たが、大きな車両では橋を渡れないようで、立ち往生している。
 でも、もうそんなことはどうでもいい。
 心底、警察官や救急隊員を尊敬した。
 仕事とはいえ、及び腰になってしまうようなことを率先してこなすのだから。警官、救急隊員が老婆に優しく声をかけたり、労わりながら担架に乗せている。物怖じしている様子など微塵もない。
 脱力して、その場に胡坐を掻いてタバコに火をつける。
 ゆっくりと煙を吐き出すと、ようやく落ち着いた。
 
 なんだったんだ、今の体験は。
 肝試しの比じゃない恐怖。
 生まれて初めて、こんなリアルな恐怖を経験した。
 眠った後に見る夢のように、自分が殺されたり、追い掛け回される恐怖に似て、写実的で、まさしく現実。
 
 そのあと、やけに陽気な私服警官のおかげで安堵はしたが、気分は落ち込んでタバコの本数は増えた。その場での事情徴収もふてくされたようにテンションが低かった。
 第一発見者としてやたら質問を受けたが、警察署へ同行させられたり、帰らされたりすることも無かった。
 老婆といえば、どうやら命に別状は無いらしいと警官に聞いた。
「気をつけて楽しんでくださいね」
 焚き火をしていたことへの、警察官の小さな咎めの言葉が、いつまでも頭の中でリフレインしていた。
 
 そのあと、平ブナを一匹だけ釣った。
 

小さい出来事だからこそ尊い気がします

 
 ふと思い出したので、お話をひとつ。
 
 仕事場のビルの裏手に喫煙所があって、そこでいつも一服するんだけど。その雑居ビルは、一階が――。
 
 いやいや、その前に前置き。
 この話はフィクションではありません。フィクションじゃないやつってなんていうんだっけ。ノンフィクション? とにかく真実のお話。信じるも信じないもあなたしだい。
 
 さてさて、話の続き。
 
 その雑居ビルは都内にあって、一階がauショップになっている。ビルの裏手の野外は喫煙スペースとなっていて、そこで一服していると、ショップの店員さんも制服姿で一服してたりする。

 そこでショップの女子店員さんが会話していた。

 言い訳するみたいだけど、決して傍耳を立てていたわけではなく(本当に。別にたいした話じゃなかったし)、聞こえていたとしても数分後には忘れてしまうような会話。

 さすがにショップの店員さんは綺麗。綺麗な店員さんが二人で会話してる。結婚が決まったような雰囲気の会話。どうやら先週の日曜日に、未来の旦那さんと大阪に新居の見学に行ったそう。
 そんな会話、オフィスに戻って仕事に戻れば永久に思い出さない、たあいの無い会話。だが、このあと、その会話が一生、忘れられないほどに印象的なものになる!
 
 店員さんが一服を終え、職場に戻っていく。すると、入れ替わりにやってきた男性。どうやら工事の人のよう。ニッカポッカって言い方でいいのか、大工さんが切るようなだぶだぶのズボンをはいて、ペンキだらけの働く男性。
 ショップ店員の女性とすれ違った彼は、しきりに後ろを振り返っている。彼は二人組みで、不可解そうな顔をしながらヤンキー座りでタバコをくわえる。
 彼らの会話。
 
「さっきの子、見たことがある気するんだよな」
 
 とのこと。おや、とここで興味が惹かれる。

「先週の日曜日、大阪でナンパして遊んだ子にそっくりな気がするんだよなー」
 
 先週の日曜日?
 大阪で?
 
 ところが、その男性。

「こんなところに居るわけ無いか」
 
 などといって笑っている。
 
 ちょっとまて!
 なんだその符合点は!
 
 周囲はビルが建ち、人の雑多が当たり前な東京砂漠。
 その小さな雑居ビルの、しみったれた小さな小さな喫煙所という一角。
 世間の隙間、あるいは死角とも言えそうな、小さな空間で、小さなドラマが!
 そして、すれ違った二人はお互いを認識せず、そこに奇跡的なドラマがあったことを知るのは、この私ただ一人である!
 
 ああ、教えてあげたい。でも、二人とも赤の他人。
 しかも!
 ショップ店員さんは「未来の旦那さんと新居を見に大阪へ」行ったのである。これはサスペンスである。結婚前のお姉さんが、大阪でナンパされてほいほいついていったのだ。
 
 一人で妙にドキドキ。
 奇跡的なすれ違い。
 ニアミスして良かったね! 一服する時間が重なっていたら、修羅場だったかもね。
 
 この微妙な、なんというか、絶妙なタイミングのすれ違いのドラマ。しかも正真正銘、現実でつむぎだされた再会とすれ違い。そして観客はたった一人。真実を知るのもたった一人。登場人物たちは何一つ真実を知ることの無いまま。
 
 この話、信じるか信じないかはあなたしだい。
 

旅に出た! 最終日

 コメントありがとうございます。
 旅は楽しかったですよ。一人旅は初めてですが、一期一会に小さな冒険の積み重ね。普段は見向きもしない曲がり角を通ってみようか、といった小さな冒険ですが、思いもしなかった風景が目の前に広がったり、または恐ろしい目にあったりします。
 
 さて、最終日です。
 8月28日。

 地獄のようだった昨日を思い出し、辟易すると思いきや、なぜか名残惜しさが胸に渦巻く最終日の朝。
 あんなに大変な思いをしたのに、なんだかまだ帰りたくない!
 
 さて、この朝はとても不思議だった。不思議な体験をしたわけではないが、不思議な感覚を味わったことは間違いない。
 
 午前の八時半。朝食の時間である。台所にいた女将に「食事お願いします」と声をかけてから、食事の用意された部屋に向かう。広い和室に一人腰掛ける。昨日の中学生か、高校生くらいの女の子が配膳の支度をしてくれる。
 次に味噌汁を女将さんが持ってきた。
 今日も暑くなりそうですねーと、強烈な朝日が差す大きな窓を開けてくれる。風が入ってくる。同時に虫や小鳥の音も明確になる。

 朝食をとりながら、三十分ぐらい女将さんと閑談する。
 この旅館の主は、神社の宮司さんらしい。詳しくは聞かなかったが、予約すれば滝行なども体験できるという。
 まばゆい朝日が差し込む明るい部屋、そして静寂。あいまって言い表しがたい不思議な感覚。現世ではないような光に満ち溢れた空間が奇妙な感覚にいざなうのだろう。
 この旅館のお客さんは不思議な人が多いらしい。会話の冒頭はそんな話。
 いわゆるスピリチュアルなお客さんが多いそうだ。宮司(昔でいう神主)さんという職業柄だろう。
 スピリチュアルとは、きっとテレビとかでおなじみかもしれないが、人の先祖が分かってしまったり、病気が分かってしまったり、悩みが分かってしまったり、幽霊を見ることの出来る人たちのことだ。
 
 女将さんに 霊感ありますか? などと訊かれて、ぶるぶると首を横に振る。実は高校生くらいまでに結構幽霊を見たことがある。金縛りや心霊体験なども結構ある。案外不思議なものを見る体質だと思うが、見るからこそ、幽霊というものを信じない人間になった。

 初日のホテルで撮った心霊写真を覚えているでしょうか。あれも、間違えれば本物の顔だと信じ込み、幽霊を見た! と堂々と公言してしまう危険がある。だけど、よく見れば違うことが分かる。
 そう見える、見間違い、錯覚。そういうものだろう。熱に浮かされて奇妙な体験をするのと同じ。

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(以下、独断と偏見にてスピリチュアルをぶった斬ってます。不愉快な思いをされる方もいると思うので、スピリチュアルな人は読み飛ばしてください)
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 それに、一時期であるが、知り合った人みんなに「君はこういうとき、こういうことをするね」とか「こういうことに悩んでいるね」とか指摘して「何で分かるの!?」と驚かせることが楽しくて仕方なかった時期がある。最後にはネタばらしして安心させるのだけれども、あれをネタばれしないまま続けていたら、きっと指摘されたほうは「超能力」と感じたままだったかもしれない。
 いまはやってないけど、コツがあるのは確か。江原もオーラの泉が始まったころはやってた。(いまやれって言われても、もう出来ないだろうけど)
 自分が選択したつもりでいても、その答えに誘導されていることに気づかない。
 最後にいつも「占い師や、スピリチュアルはこういうことなんだよ」とネタを教えてあげる。超能力でもなんでもないんだって。ただのテクニック。手品や催眠術みたいなもの。
 
 スピリチュアルなお客さんが多いとのことで、女将さんはそんなお客さんの話を聞くのが好きらしい。
 でも、話を聞く限りにおいては江原に影響を受けてその気になってると、手に取るようにわかるような話を、女将にしているようだ。何度も聞こえてきたのは「役目」というキーワード。江原の好きなキーワードだ。自分はスピリチュアルな世界を人々に知らせる役目がある。人を助ける役目がある。などという話である。一見、高尚な感じがしないでもないが、そう口にすることで、悦に入って喜んでるだけの戯言に聞こえてしまう。
 結局は自分の言葉を持たないと駄目だよ。それじゃただのミーハー。たとえ本物のスピリチュアルな人であろうと、やっぱり江原コピーに思えてしまう。少なくとも「役目」の二文字は使っちゃ駄目だね。真っ先に江原がばーんと思い浮かんじゃうし。
 ファッションリーダと同じファッションをしてしまう女子高生と同じ心理状態っぽい。
 
 宗教とは道徳。そんな風に感じるのだけれども、彼らにとってはよりリアリティのある現物っぽい。漠然とこんな感じー、っていう世界を、必死に形あるものとして捉え、人に伝えて信じさせることで現実にしようと試みている。

 ある意味で柔軟性の無い考えに思えるが、そう頭の固い人々ではない。スピリチュアルな人々は非常に話術に長けている。人と話すとき、決して非の打ち所の無い理詰めの説得を試みたりはしない。理論の破綻をあらかじめ用意し、相手がそれを指摘できるように隙を作って会話する。でも、それは語り手の意図する方向へ相手の心理を誘導する、いわゆる誘導尋問ってやつだけどね。
 
 まあ宗教の話だから深堀はしないでおこう。
 ただ、神道においては八百万の神といわれるように、全てのものには神が宿るという考え方がある。それはすなわち、神とは万物の自然、自然とは生物の母。そして、環境破壊という言葉でお馴染みの自然の陵辱行為は神への反逆に等しく、人類はそのしっぺ返し(バチ)を食らおうとしている。
 自然を「神」として捉え、神に感謝し、恵みに感謝することは人間にとって必要な道徳心に思える。全てのものに神が宿るとすれば、ものを大切にするだろうしね。
 歴史的に政治、戦争に利用されてきた神道だけれども、仏教などの坊主の丸儲け状態に比べればつつましく健やかな宗教に感じる。(←ものすごい独断と偏見で書いてます。仏教を真剣に学んでいる人だっています。愚か者の戯言だと思って見逃してください…)

 それとね。絵馬や短冊に願い事を書く。みんなやったことがあるだろうけど、勝利、合格などの願いは、逆説的に敗者、不合格者を出してくれと神に祈っているに等しく、すなわりそれは呪いとなる。そんなこと、神社でお願いしちゃだめだよ。
 自然たる「神様」には、平穏無事を感謝し、清らかに、そして健やかにすごせてきたことを神様に報告するためにある。
 
 そして、こんな話をした。
 ――先祖を大事にしているか。
 
 また重たいテーマだけど、女将が聞いたスピリチュアルな人たちが言うには「先祖を大事にするということは、墓参りしたり、仏前、神棚に手を合わせることではない。なにより自分が今生きていることに感謝することだよ」とのこと。先祖から受け継いできた自分の命を大事にすることが、先祖を大事にすることにつながるのだそう。
 
 まったく、きれいごとも甚だしい。いやだね、こんな話。
 墓参りしたり、仏前、神棚に手を合わせることではない、という部分は共感。それ以外はどっかで訊いたことのあるきれいごとにしか聞こえない。

 個人的な考えはあるけど、ここでは伏せておく。
 だけど「自分の命を大事にすること」という言葉は、もちろん大事な言葉だけれども、ちょっと多様的すぎて卑怯な言葉だから嫌い。反論されても言い返す用意が出来てる言葉だね。

 御嶽神社で一度も参拝しなかった奴がする話じゃないな。。。

 重たい話をしてしまったけど、女将さんの話を聞いて結論に至る。スピリチュアルな人間であることを公言する人たちの99%は、おそらくイカサマだろう。だって会話に占い師や詐欺師でお馴染みのテクニックを使うんだもん。自分が特別だと思いたい悲しい人たちに見える。
 でも、百人に一人は本物がいてほしい。これは希望的観測。それに、いるんじゃないかと思ってる。人の感情を感じることに優れた繊細な人もいるし、相手の心理を読む達人もいる。達人を越えた存在になれば、想像もつかない感覚で、スピリチュアルな世界を実際に見ている人がいてもおかしくないと思う。思いたい。幽霊が実在してほしいなー。それから本物のスピリチュアルな人に会いたいなー。スピリチュアルで人を依存的にさせるんじゃなくて、本当に救える人に。
 
 
 ……あれ……今回のテーマは一人旅の最終日じゃなかったか……


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(以下、テーマを戻します)
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 脱線しましたが。
 不思議な朝を過ごして、決心したところからはじめよう。
 
 まだ帰らない!
 パワースポットのロックガーデンまで行ってやる!
 せっかくの最終日。心残りを作りたくない。
 
 朝食を終えて、部屋に戻るなら鼻息を荒くして身支度をする。
 女将さんに荷物を預かってもらえるかと相談したら、快諾してくれた。荷物を置いて身軽になって、いざロックガーデンへ。
 
 往復で二時間程度だという話。
 
 昨日も登った神社の階段を登り、中腹辺りにある森の小径を進む。直進すると、昨日にスズメバチの巣があるという見晴台の前を通る。通り過ぎて進むとロックガーデンへの道。
 
 ここまではいい。一度は通った道だし、歩調は軽快。

 100828_1026~03


 ルートは以下の通り。
「御嶽神社」→「見晴台」→「天狗の腰掛け杉」→「綾広の滝」→「ロックガーデン」→「天狗岩」→「見晴台」→「御嶽神社」にもどる、だったかな。
 たぶん、四、五キロ位のコース。
「天狗の腰掛け杉」まではすぐにたどり着く。
 
 100828_1008~01 100828_1008~03

 
 ロックガーデンにしか興味は無いので、ほぼスルー状態で先に進む。まだ道はそれほど厳しくない。
 なんか、後ろから歩調を合わせて後を付いてくる中年男がいた。変なやつ。写真撮影をする振りをして先に行かせる。
 
 山道を行く。次の「綾広の滝」が遠い。なかなかたどり着かない。旅館で貰った地図付きパンフレットを広げる。確かに距離はある。
 七代の滝というのがあって、旅館の女将に、そこだけは絶対に行っては駄目だと言われていた。梯子を昇り降りする必要があったり、道も険しく、初旅行者が行くと二度と来なくなるという難所らしい。
 まあ、ロックガーデンが見れればいいので湧き上がってきそうな冒険心は抑えておく。実際、七代の滝は行かなかった。
 しかし、この消極的な行動が、この日も地獄を呼び起こすのであった。
 
 
 ところどころに標識がある。
 この先「七代の滝」という標識を避けて進む。
 そろそろ見えてくるはずの「綾広の滝」は一向に見えてこない。
 道は今まで見てきたような山道なので写真は割愛する。
 進む。進む。
 いくらなんでもおかしい。これだけ歩いて「綾広の滝」が見えてこないのは。
 すると、次第に傾斜の厳しくなる山道。
 道は木の根がはびこり、砂利が多くなってくる。加えて急な傾斜。足を滑らせることが多くなり、足首をグネること数回。よく捻挫しなかったものだと思う。
 片側が急勾配な崖。落ちたらひとたまりもない。足場も悪い。旅館の女将さんの話では、こんな急勾配な難所は無いといっていたはず。

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 再び悪夢が蘇った。
 一歩一歩が超しんどい。呼吸が乱れ、心臓が破裂しそうなほどに苦しい。途中途中休憩するが、時々、ご老人の男女が追い抜いていく。なんて体力だ。
 お年よりは社会的弱者? 席を譲れ? とんでもない! この山にいるご老人たちは超人ばかりである。
 どこまで行けば滝があるんだ。途方も無い上り坂をひたすら登る。傾斜が厳しすぎて、手を使わないと登れない場所もある。
 おかしい。絶対におかしい。
 滝のように流れる汗。
 あ、しまった!
 気づいたときには遅い。今日も水分を所持していないのであった。
 のどはからから。
 このままでは遭難する!
 近くのお年寄りに助けを求めるなんてことは、この年齢であってはならない! くそ! 若さで乗り切れ!

 その急勾配は四十分ほど続き、出発から実に一時間半が立っていた。10時に出発して、荷物を置いてきた旅館にはお昼までには戻るといっていたのに、約束の12時にはあと二十分程度しかない。
 その崖に等しい坂の終点はちょっとした開けた空間があって、杉の木が周囲に規則正しく連立する美しい場所だった。
 ところが写真を撮ることも忘れて、思わず地面にへたり込んだ。心臓のバグバグ具合と、乱れる呼吸、そしてぽたぽたと地面に滴る汗の量が尋常じゃない。
 パンフレットの地図を広げる。なんだこの簡略地図は。細かい目印などどこにも書いていない。汗でパンフレットもよれよれである。
 綾広の滝はいったいどこなんだ。
 それになにより、ここはどこなんだ!?
 その時、若いお姉さん集団が前を通っていく。道を聞こうか迷ったが、そんな格好悪いことは出来ない! しかし、若いお姉さんたちはそこ場で立ち止まると「風が気持ちいいねー」なんてのんきに休憩してる。
 頼むから早く行って……。
 出来るだけ、迷っているなんて気配を見せないように「休憩してるんですよー」という雰囲気をかもし出して若いお姉さんたちをやり過ごす。
 次に誰かやってきたら道を聞こうと思い、しばらくその場で待機する。
 しかし、またこんなことになるとは……。ここまで一時間四十分の道のり。ということは、帰りも同じだけかかると計算すると……。
 ため息が漏れる。
 五分ほどして、年のころ五十歳くらいの夫婦が登ってきた。すかさず声をかけて道を尋ねる。
 ここはどこなんですかねーなんて訪ねると
 大岳山だよ。
 との回答。
 はて、大岳山?
 パンフレットを眺めるが「大岳山」の文字は見当たらない。御嶽山にいたはずが、別の山に突入していた?
 あの……綾広の滝に行きたかったんですけど……と恐る恐るたずねると、おじ様は、はっはっはと笑って「ぜんぜん違う方向だよ」と残酷な一言。
 パンフレットの地図の範囲外に飛び出して、違う山を登っていたらしい。しかも結構奥深くまで。
 だって仕方が無いじゃないか! 途中に標識が無いんだから!
 来た道を戻るのが一番早いというので、死にそうになって登ってきた急勾配の坂を、すぐさま下る羽目に。
 何のために登ってきたのか……。
 ロックガーデンに行きたいだけなのに……。
 このままロックガーデンに行くつくことなく、帰ることになってしまうのか。
 
 
 
 登ってくるのは死ぬ思いだったが、下りは結構軽快だった。飛んだり跳ねたりしてアスレチック気分で軽快に坂を下る。何度かすっころげそうになったが、一度も転倒しなかったことについては、自分の運動能力をほめてあげたい。
 何度もグネった足首も痛いし、ロックガーデンは諦めるか。
 やってくるときに見かけたあずま屋の前を通ったとき、ふと標識が目に入った。この標識は来るときもちゃんと確認している。よく見ると標識があさっての方向を向いている。
 この先に道がある? よく見ると小さな清流沿いに道らしきものが。
 でもその標識にはこう書かれている。
「この先、七代の滝・岩石園」
 七代の滝は行くなといわれた場所。だから避けて通り過ぎたのだ。
 行きたいのはロックガーデンである。
 ん? いや、まてよ。
 岩石園?
 岩石園……英語でロックガーデン。

 こらぁ

 英語で書きやがれ……

 標識をけり倒したい気分。
 そういえば、ロックガーデンの先には分かれ道があり、片側は帰る道。そして行ってはいけない七代の滝は、もう一方にあるのである。
 ばかやろー!
 叫びたかった。誰もいなかったのに叫ばなかったのは小心者の悲しき性。
 どうしようか。
 疲労困憊だが、ここまできてロックガーデンを諦めるわけにも行かず、時間はあまり無かったが、ロックガーデンに行くことにした。
 標識の通り進むと、綾広の滝にはすぐにたどり着いた。
 
 100828_1138~01

 
 写真は人がいないように見えるが、さすが土曜日。滝の周りに人がわんさかいました。
 滝には興味なし。
 写真だけとって先に進む。
 綾広の滝から先は、すでにロックガーデンだった。
 ――感動した。
 お勧めされる理由は、見れば明らか。

 100828_1149~01


 なんて荘厳な景色だろうか。
 いくつもの岩が取り囲み、渓谷を形成している。清流が所々で小さな滝を作り、岩の間を流れていく。
 両脇は岩に挟まれ、さらに天蓋のように木々がアーチ作っている。天然のトンネルのようだ。
 空を見上げると、太陽をすかした新緑がまばゆく輝いている。
 
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 すげー。
 これが噂のパワースポット。
 ひどく苦労したけど、そんなの吹き飛ぶ美しさ。
 立ち止まっては何枚も写真を撮った。
 
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 結構距離がある。
 ここはほんとにイイ!
 苔むす石。
 冷たい清流。
 せせらぎの音。
 ああ、離れたくない。
 でも、時間は迫っている。
 写真からは、ここの美しさは決して伝わらない。
 
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 この時間が無い中でのロックガーデン観光が、逆にこの場所を尊いものとして印象付けた。
 心が初恋のようにときめき、とらわれ、躍動する気持ち。
 名残惜しいけど、やがてロックガーデンが終わり、天狗岩までやってくる。天狗岩の上には天狗の置物があるというが、興味ないのでスルー。写真も撮ってない。ロックガーデン一途。一筋。それ以外にはあんまり興味ない。

 今度こそ迷わないように、御嶽神社へ帰る道を慎重に進む。ここで間違えたら行ってはいけない「七代の滝」へ直行だからね。きっとこれを読んでる人は、さらに迷って「七代の滝」に行っちゃうのを期待してるかもしれないけど、そうは行くものか。
 ちゃんと迷わず御嶽神社に戻りました。
 そして、戻ったのは一時近く。実に三時間も冒険してしまった。足腰はガクガク。こりゃ、しばらく起き上がれない。
 旅館に戻ると、大学生たちが玄関先に群がっていた。彼らも山登りをしていたらしい。昨日は怒ってごめんね。心の中で謝りながら、女将さんにお礼を言って荷物を受け取る。
 さて、いよいよ帰りである。
 
 心残りが後もうひとつある。
 お土産屋さんの美しき若女将さん。
 最後に挨拶せねばとお土産屋さんに向かうと、素敵な笑顔で迎えてくれました。本当にお世話になりました。
 最後に「ひょっとして、作家さんですか?」と尋ねられた。
 何でそう思ったのか尋ねなかったが、いい線いってます。作家じゃないけど、作家志望です。
 とりあえず若女将さんには「ただのサラリーマンです」と答えて、別れの挨拶をして帰路に着く。
 
 とんでもない目にあった御嶽山。心臓が破裂しそうになり、足腰ガクガク、疲労困憊。
 だけど、なんだこの名残惜しさは。
 帰る途中に、すばらしい場所だったと感動に震える。
 こんなに苦しい思いをしたのに、また来たいと思ってる。
 休み明けから現実が待っているが、この旅のおかげでがんばれそうである。
 
 余談ですが、帰り道は当然、山登りを終えたご高齢の方々と一緒になるため、ケーブルカー、バス、電車など一切座れませんでした。若いんだと思って、根性で立ちつづけて家まで帰りました。
 
 
 以上、三泊四日の一人旅は終わりです。
 
 四日間の旅を書きましたが、文章量として原稿用紙にして60枚ほど書いています。長めの短編小説くらいですね。ブログ書きすぎ。小説を書けってんだ。
 
 なお、旅の紹介のブログではなく、あくまで創作系サイトのブログですので、名所の紹介や、泊まった宿の名前などは公表していません。結構文句も書いてるので、かけないって言うのもありますが、おそらく出てきたキーワードでググればどの旅館かはすぐに分かると思います。
 ぜひ、同じ旅館に宿泊し、同じルートで山を登ってみてください。
 そして、ぜひ同じように胸震える感動を共有しましょう。
 
 ではでは。

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旅に出た! 三日目

 WEB拍手でのコメントありがとうございます。

 それでまた気づいたのですが、コメント欄がまた無効になってる。ちゃんと設定しないと、初期状態では無効らしい。気をつけます。
 あと撮った写真も、実は高画質設定で撮ったものがたくさんあるんですが、どうもアップロードできないらしいです。残念。

 では、問題の三日目です。
 
 
 三日目の8月27日。
 御嶽山の旅館に空きがあり、ラッキーと思って予約する。
 御嶽山はどんなところかまったく知らないが、まあ今日もゆっくり読書でもしようと思ったが、一度も読書できない過酷な一日が待っていた。
 
 まず、前日から宿泊していた旅館を10時にチェックアウトする。次のチェックインはまた15時だから5時間もある。
 散歩して、読書して、大自然の中ゆっくり過ごすことにする。
 御嶽山には御嶽駅からケーブルカー行きのバスが出ており、ケーブルカーにて山を登る。
 その前に渓谷沿いを散歩。
 
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「御嶽駅」→「ケーブルカー」→「御嶽山」の順。山登りをする気はなかったのでケーブルカーに乗るつもりでいたものの、「御嶽駅」→「ケーブルカー」の間は散歩がてら歩こうと思った。距離にして三キロくらい。ジョギングで十キロくらい走っているので、まあたいしたことは無いだろう。

 そう思ったがしかし!

 最初に一キロは緩やかな登り坂。そこまでは良かった。途中から山道に突入し、傾斜15度の上り坂に! 傾斜15度ってピンとこないだろうけど、結構な傾斜なんです。
 息なんかぜいぜい乱れ、心臓が破裂しそうになる。絶え間なく流れ出る汗。足なんて上がらなくなる。
 百メートルほど進んでは、呼吸を整えるために休憩し、疲労に感覚のなくなってくる太ももをマッサージする。
 初めての道。どこがケーブルカー駅のある目的地なのかも分からない。まだか、まだかと思いながら坂を上り続ける。
 息が切れ、太もも、ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げ、強烈な太陽の日差しと高い気温に燻される。喉がからから。なめてたので飲み物なんて買ってない。道中に自動販売機などという気の利いたものもなく、もちろん売店などもない。

 たかが三キロ。とんでもない! 死にそうである。こんな苦しい思いをするためにやってきたのではない!
 気が遠くなりながら地道に登り続けること一時間弱。バス停が見えてきた。バス停を越えればケーブルカー駅である。
 弱った体を叱咤激励するかのような、ケーブルカーの発射ベルが聞こえる。
 やっとついた! 足なんてもうがくがく。
 そのころ、ケーブルカー駅にはバスでやってきた人たちが乗車待ちの列を作っている。この中でここまで歩いてきた愚か者は一人だけ。

 100828_1328~01


 写真は帰りに撮ったもの。便利なもので、SUICA、PASMOがあればケーブルカーに乗れる。それはバスも同様。カード一枚で切符買う手間は全て省けてしまうのが便利。
 やってくるのに必死で、写真を一枚も撮っていないし、景色も楽しむ余裕も無かったが、とりあえずケーブルカーに乗ってほっと一息。ケーブルカーはそれほど大きくないので、ほとんどの人は立ち乗りとなる。
 ケーブルカーで急斜面を登っていくこと6分。御嶽山駅に到着。写真は帰りに撮影したもの。
 
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 ちょっと座りたい。近くのガンガンに冷房の効いた喫茶店で水分を摂りながらほっと一息。やれやれ、えらい目にあった。着ていた服は、滝行をしてきたように汗でびしょびしょ。
 
 15分ぐらい休憩して、とりあえず旅館の近くまで行こう。近くでゆっくり出来るような場所を見つけて、読書にふけろう。そう思った。ちなみにもっていった本は綾辻行人さんの「霧越邸殺人事件」。
 
 駅前から続くアプローチはこんな感じ。
 
 100828_1314~01 100827_1155~01


 
 緩やかな下り坂。舗装された小径。片側には山。片側には高所から眺める広大な山々の風景。
 気温も少しだけ低くなり、森からの冷たい風に癒されながら歩く。良かった。ケーブカー駅まで通ってきた道とは大違い。このまま旅館へ続くのだろう。そんな希望的観測は脆くも打ち破られる。
 ケーブルカー駅までの上り坂などかわいいとすら思えるくらいの急勾配が次々に目の前に現れる。ただでさえ、そぎ落とされた体力。この急勾配の坂を乗り越えなければ、旅館にたどり着くことは出来ないのだ!
 
 100827_1212~01

 
 上記は坂の上からの写真。写真からは良く分からないのが悔しい。もはや坂は壁のように見えるほど傾斜がきつい。再び滝のような汗を掻き、肺が乾燥して萎縮するのではないかと思うほど乱れる呼吸。バクバクの心臓。
 まったく、修行に来たんじゃないんだから!
 ほかにもたくさんご老人の観光客がいるが、結構平気な顔して登っていきやがる。しかもニコニコ会話しながら。その横でぜいぜい息を切らせながら、亡者のように坂を登る。
 また、気の遠くなるような思い。目的地はまだか。まだ続くのかこの坂は。うんざりしながらたどり着いたのは御嶽神社の参道に連なるお土産屋。
 写真を撮り忘れたが、ググればでてきます。
 
 とりあえず水をくれ! と立ち寄ったお土産屋さんで休憩。若女将サンなのか、綺麗なお姉さんとおしゃべり。帰りのお土産はここの店で買うことを決心しながら、とりあえず再出発。
 商店街を抜けると、御嶽神社発見。
 
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 旅館はどこだ? この先かな? と手水舎で手や口を清めてから階段を登り始める。しかし、見えていたのは神社の入り口に過ぎなかった!
 一体何段あるんだという階段を登る。

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 まだ登る。息切れ切れ。こんなにきついとは。このままでは熱中症で倒れる!
 
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 死ぬ思いでたどり着いた神社の拝殿、本殿。罰当たりなもので、参拝など一切せず。

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 グるりと見回ってからUターン。どこだ、旅館は。

 
 
 まあいいや。チェックインまでにはまだ二時間近くあるから、ゆっくりすごせる日陰を見つけて、読書するぞ。もう体力の限界なんだって。
 神社で読書するわけには行かないので、どこか良い場所はないかと探す。
 神社の階段の中腹あたりに、折れる道を発見。とりあえず行って見ようかと軽い気持ちで、ふらっと進む。
 
 100827_1307~02

 
 なにも調べてこなかった。
 ここがどんなところかなんて一切知らずにやってきた。
 そうだ、仮にも山。
 ここは山道なのだ。
 
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 道があるのか無いのか、急勾配の登ったり降ったりを繰り返す。ただでさえ足腰ガクガク。人も誰もいないし。例によってナメてたので水分などもってきていない。
 
 険しい道を進むと、ふと開けた空間に出た。ああ、来る前に看板で見た見晴台だと気づく。
 入り口には休憩する人がたくさんいた。木造の椅子やテーブルはたくさんあるが、みんな埋まっている。お昼の時間帯だったし、みんな弁当を広げて食事中である。
 座るところも無く、休憩できる場所を求めてふらふら歩くと、急に人がぱったりいなくなる。とても綺麗で開けた野原なのに、人が誰もいない。ちょっとした恐怖を感じながら、進んでいく。
 
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 絶景ポイントなのにどうして誰もいないのか。ちょっと前まではたくさん人がいたのに。
 その謎が究明される。
 
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 なるほど、スズメバチか。
 危険と書かれていれば、行かないわけには行かない。ぜひスズメバチの巣を写真に撮ってやろうと先に進む。
 よくニュースで「遊び心で絶対に近づいてはいけない」と言われているが、そういうのに反逆したくなる心理。あえてタブーを犯すのが流儀。
 だけど、決してまねはしないように。

 やがて見えてくる問題のあずま屋。当然、人はいない。
 ものすごく静か。異世界に迷い込んでしまったような感覚。
 恐る恐る近づく。

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 スズメバチの姿は無い。
 あずま屋の周りを調べるが、スズメバチの巣は見つからない。
 どうやら駆除後のようだ。
 
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 しかし!
 ブウン、という羽音が聞こえた。
 気づくと、周囲に数匹のスズメバチが出現した。
 やばい。
 あわてて退散する。
 
 だめだ。落ち着いて読書できる場所なんて無い。
 こうなったら、さっきの美人のお姉さんがいるお土産屋まで戻って、休憩させてもらおう。
 ということで引き返す。足はガクガク。戻るのも一苦労。息はよいよい、帰りは何たら。
 やっとの思いでお土産屋さんまで戻ってくる。
 小一時間くらい、若女将さん? と談笑しながらチェックイン時間を待つ。
 若女将さんが言うには「ロックガーデン」という場所が最大の見所だという。流行のパワースポットらしく、ここまできたら行かないのは損だという。しかし、見て帰ってくるには山道を二時間かけて往復する必要がある。
 もうだめ。そこまでの元気は無い。流行のパワースポットだし、テレビなどで紹介されて結構有名らしいが、もう足が動かない。
 
 チェックインの時間になって、名残惜しかったけど美人若女将に挨拶をしてお土産屋を出る。
 旅館はお土産屋のすぐ裏手にあった。チェックインを済ませる。一家でやってる旅館らしい。入り口に「○○様(当方の名前)」と書かれていたが、もう一方に「埼玉○○大学一行様」と書かれている。いやな予感。大学生たちが大挙して泊まるらしい。
 チェックインすると中学生か、高校生くらいの初々しい女の子が対応してくれる。
 部屋にたどり着き、ほっと一息。
 部屋はこんな感じ。
 
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 なにより、窓の外から見える風景が最高である。
 
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 部屋を一瞥すると、なにやら正体不明なドアがある。
 
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 開くとさらに向こう側に扉が。一体……。
 
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 さらに開くと、なんだこれ。そのまま森が存在する。別にテラスがあるわけでもなく、森の小径があるわけでもなく、開いた先は森。
 
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 何のための扉だ。以下は扉の外。
 
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 扉のことは気にせず、ゆっくりすごそう。
 この部屋は景色もすばらしいが、なにより小鳥たちのさえずりがすばらしい。まるで森の合唱団のように、窓の外からは鳥たちの歌声が聞こえてくる。ウグイスもいたよ。ほーほけきょって。
 ちなみにエアコンは無かったが、窓を開けると十分に涼しい。お風呂に入ってとりあえず夕飯まで読書をしようと思ったが、のんびりとした雰囲気に疲労も重なって一時間ほど熟睡。
 気づくと夕方六時。そろそろ夕飯の時間。
 大学生以外の宿泊者は一人だけらしく、大広間に一全用意された食事。大学生たちは別のところで食事を摂っているらしい。
 食事をする部屋からの景色も良く、のんびりしながら食事する。
 
 食事が終わって七時くらい。部屋に面した旅館正面の庭で、大学生たちが宴会してる。会話と笑い声がずっと聞こえてきて、静寂と森のさえずりの憩いが損なわれたが、まあ、若気の至り。騒ぐのも仕方ないだろう。でも、程々にしてね。
 森に面した静かな夜をすごすはずだったのに、ちょっと残念な思いをしたのは正直なところ。
 
 いやいやちょっと残念どころではなく、宴会は十二時を越えるまで続くのである。旅館の主はどうして放置してるんだろう。
 もう寝たいんだけど。堪忍袋の尾を切らして、十二時半くらい、庭で宴会する大学生たちに乗り込んでいった。
「すみませんが、夜も遅いのでほどほどにしてもらえませんかね」
 と乗り込むと「すみません……ご迷惑でしたか」としおらしい大学生たち。おっと、意外と良い奴らだ。早々に引き上げ準備にかかってる。
 怒ったりしてごめんね。もうちょっと丁寧に言えばよかったね。
 暗くて誰だかわからなかったが、それから三十分ほどして宴会は終わったようだ。
 思えば、おそらく旅館の主もその宴に参加していたような節がある。大学生たちの責任者と結構親しそうだったしね。怒鳴り込んでいったときも、旅館の主もいたかもしれない。だって、翌日、主人がそっけない態度だったもん。
 
 ようやく静かな夜が訪れる。
 深夜一時。
 窓の外からは虫の音。
 かすかな涼風。
 眠りに落ちる。
 
 いろんな意味で、本当に疲れたー!
 
 最終日につづく
 
 

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